2月のこの日

昔の職場の話はあまりしたくないけれど、この日が来ると思い出すことがある。
九段下に近いこともありこの日は一帯に交通規制が引かれ、道のあちこちに車止めが置かれ辻々に制服警官が立っていた。こんなにあるのかと思うくらいの数の街宣車の晴れ舞台だ。
白山通りと駿河台に挟まれた位置にあり、その日に抗議する市民団体たちがそこで集会を行い靖国に向かってデモ行進を行う出発点となっていた。
建物の前は裏通りと言った感じだが、そこに街宣車が列をなしてやってくる。とんでもない音量とスローガンと罵声を浴びせられる。通り過ぎても何度か繰り返しやってくる。でもそこのところは地元の警察と事前に打ち合わせをして不測の事態に備えるが、実際にはそこまで踏み込んでくる者はいなかった。
ある時代から主催者への街宣だけではなく場所を貸す側へ圧力をかけてくることが強まってきた。当日だけではなく数日前から電話で脅迫じみた行為をするものも出てきた。
私の感覚だけれど2008年に品川に数か所展開するプリンスホテルが、右翼の強迫を理由として日教組の全国集会の会場予約を直前にキャンセルをしたことがあった。会場使用を命じた裁判所にも従わなかった。
その前後かと思う。九段下の周りのいろいろな市民団体に会場を貸していたところが次々にそれをしなくなったように感じた。なぜなら今まで別の場所を使っていた団体から会場使用の打診を次々に受け始めたからだ。
もう一つ2008年から今までの街宣右翼とは違う動きを感じたのは2月のこの日と8月のメモルアルデー以外の集会にも抗議をする団体が登場したことだ。街宣車に乗らず徒歩で来る。歩道で行うので4,5時間平気でやり続ける。ザイトクカイというその団体は執拗でこちらの神経もすり減らされた記憶がある。
いずれにしても会場を貸さないという選択肢はないとささやかな抵抗は続けたことは覚えている。

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