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復刻版「貴族の巣ごもり」 清八の「女性対男性」その3、その4

貴族の巣ごもり 清八の「女性対男性」その3

 かけ蕎麦から素スパゲティの話になりました。
「駅の立ち喰い蕎麦って、いま、いくらなのかしら?」
 突然、女友達が聞いてきたのです。
 正直言って、とまどってしまったのです。マイカーの生活をするようになって七年くらいにはなるし、列車で旅行してときも、立ち寄ったことがなかったからです。
「さぁー、かけ蕎麦で、200円くらいじゃないですか」
 と、一応は無難な金額を言ってしまったのです。
「ふ~ん、そうするとそんなに高くないわけネ」
「まぁ、立ち喰いですからね」
「ねぇ、お蕎麦屋さんで食べる時に思うんだけど、かけ蕎麦の無い店ってあるでしょ?」
「ありますね。最近は無い店の方が多いんじゃないですか」
 関西では、すそば・すうどという呼び方をするのですが、逆にこれだけのお店が存在するのです。と、いうのは、たぬき(天かすの入っている)類が無くて、天かすはサービスになっているからなのです。(自分で入れるのですョ)
「かけ蕎麦っていうのは、蕎麦をゆでて汁をかけただけだから、人件費の割には高いお金は取れないからかしら‥」
「それもあるでしょうね。それと、以前は、蕎麦っていうのは一時の腹つなぎだったのが、今では違ってきているんですね。それと、食べる側もぜいたくになって、お店では具のたくさん入った、家ではつくれない物をっていう気持ちもあるんじゃないですか」
「でも、お蕎麦そのものの味がわからない人、わかろうとしない人が多くなってきていることも考えられない?」
「そうかもしれないですね。ヌードル時代には無理でしょう」
「何の料理でもそうだけど、関西風・関東風ってあるでしょう」
「えぇ、ありますね」
「清八さんは、関西風だったかしら?」
「はい、関東風っていうのは、ただ醤油で色をつけて濃くしているという感じがあって嫌なんです」
「そうネ、かなり勘違いをしている人がいるんじゃない。関西風の薄味っていうのは、色が薄いだけで、味は濃いんだけど‥」
 これは、まったくそのとおりで、実際に味わっていただかないと、なかなかご理解いただけないのではないでしょうか。
「同じ麺類でも、スパゲティはどうなのかしら?」
「ちょっと違うかもしれないけど、素蕎麦のような食べ方があるんです」
「へエー、どんな‥」
「なるべく、具を入れない、麺に味をつけないような‥」
「よくわからないんだけど‥」
「例えば、麺を茹でてオリーブオイルでからめて、岩塩・黒胡椒だけで食べるとか、パジリコだけまぶして食べるとか‥」
「おいしいの?」
「麺が良ければね」
「そうでしょうネ。でも普通のお店では食べられないわネ」
「無理でしょうね。値段をつけられないから‥」
「それじゃ、いつまでたっても味がわからないじゃない。‥あらっ、簡単じゃない。清八さんがつくって食べさせてくれればいいんだから‥」
 これで、又、日曜日の一日が過ぎてしまったのでした。
(1984年9月1日発行「サムスィングNo.6」掲載)

すうどん

貴族の巣ごもり 清八の「女性対男性」その4

 病気の話から色気の話になりました。
「あらっ、声が少しおかしわネ?風邪でもひいたの‥」
 女友達が心配してくれたのです。
 九月にはいって、少し涼しい日が続いたので油断をしてしまったようです。
「はい。でも、すぐ直すから、大丈夫です」
「お医者さんに、診てもらったら‥」
「ううん、そそうじゃなくて強引に治す方法があるんです」
「どんな?」
「風邪かなって思ったら、ニンニクスープを飲んで寝て、汗を出して治してしまうとか、もっと悪くなってしまったら、お風呂で体を温めて、酒を飲んで、そのまま寝てしまうとか‥」
「ふ~ん、それって民間療法っていうんでしょう。それで一時的には治るかもしれないけど、体に負担がかかるんじゃない?」
 これは、そのとおりで普段から血圧が正常でないとか、不整脈の方には向いてないんだそうです。何しろ、心臓に負担がかかりそうですから。それに、何といってもアルコールの量が増えるんです。
「ところで、昨夜はニンニクスープの方だったの?それともお酒の方?‥ニンニクスープの方だったら、今夜はつきあえないわよ」
 と、意味深な事を言い出したのです。
「今朝、おかしいのに気がついたんだから、どちらもしてないですよ」
 と、一応は、逃げておいたのです。
「ふ~ん、そうすると、もちろん治ってないわけだから、今日、うつされるかもしれないわけネ。それじゃ、今日は、もう帰って寝たら‥」
 どちらに廻っても、これで今日のデートが終わってしまいそうなので、話題を変えることにしました。
「病気っていえば、色っぽい病気ってありますよね」
「ええっ、そんなのあるの‥」
「今は少なくなってるけど、胸の病ってあるでしょう」
「肺病?のこと‥」
「そう、昔は美人薄命といって、胸を患って、口にきれいな小布をあてて、時々、せきをしたりすると、美人のうちにはいっていたんだそうです」
「男の人でもそうかもしれないわね。小説家とか、詩人とか、そんなイメージがあるじゃない。確か、立原道造も胸の病で死んだんじゃなかったかしら?信濃追分とか、軽井沢の別荘地で詩を書いていたなんて、ロマンチックじゃない」
 そう言われてみれば、絵になるものです。
「テレビの時代劇の中で、癪(しゃく)って出てくるでしょう」
「えぇ、帯のあたりを押さえて、苦しんでいるのですね」
「あれは、今でいう何っていう病気なのかしら?」
「一種の胃けいれんじゃないですか」
「当時は、これが一番色っぽい病気なんだって‥」
「どうして?」
「今なら、お医者さんの所へ運んで、注射一本で治るらしいけど、昔はお医者さんが少なかったから、そうはいかなかったらしいの。だから、今でいう指圧で治したって聞いたわ」
「それが、どうして色っぽいわけ‥」
「だって、やっぱり力の強い男性に頼むでしょう。それで治ってから、お話をしたり、お酒を飲んだりという一種の出会いに使われたんですって‥」
「へぇー、昔も、いろいろ考えたんですね」
「ところで、私って、色気がないでしょう?」
「はい」
「ひどーい!そんなに簡単に返事をしなくてもいいんじゃない‥‥それじゃ、わたし、明日から病気になろうかしら‥」
(1984年10月1日発行「サムスィングNo.7」掲載)









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