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復刻版「贋作・ひとりごと」No.16


 スクラップの中から、新たに次の三部が見つかりましたので、こちらも復刻させていただきました。

遠文連ニュース「はぴねす」No.174(1982.4.10)より

 毎晩、毎晩、何かに誘われてしまうため、テレビの前に居ることはほとんどない。時々、お誘いのない時チラッと見ると、安易なクイズ番組の多いことに驚かされる。
 テレビのクイズ番組って、正直言って好きじゃないですね。
 正解だった時の回答者の表情、どうもこれがいただけない。テレ笑いで、はにかみながら自分で拍手して、何か、手持ちぶさたなしぐさなんですよ。又、逆にこんな事まで知ってるんだぞー、とふんぞり返っている人もいたりして、好きくないんです。
 大体やねー、辞典的な知識をひけらかす人に限って物事の根本をわかってないんやね。
 ところで、私は何でも知っている、という司会者、頭にきませんか。お互いに人間なんやから、違うこともあるんですよ。
 記憶のトレーニングも25歳過ぎたら(女性はお肌の曲がり角、男性は記憶力の曲がり角)、必要な面もあるけど情的な感性のトレーニングをしておかなかったら、面白くない人生を送るようになると思いますよ。時間を有効に使って、感性トレーニング、シェイプ・アップ。

遠文連ニュース「はぴねす」No.193(1983.11.10)より

 また又、私事ですがイベントごっこの話をします。
 情報局の片隅に載っていたんだけど?9月25日、地元で赤字のイベントをやってしまいました。「野口すみえ一座」の芝居をプロデュースしたのです。延べ三日間、仕込み・本番・バラシ‥と、同じ釜の飯を食べながら、様々な形で役者さん達に接することができました。財政的には大赤字となってしまいましたが、生の芝居の良さを十二分に感じとることが出来ました。非常に貴重な経験であったと思います。ありがとうございました。
 さて、ここからが今月の言いたい放題となるわけですが、先ず、梅沢富美男に代表される「大衆演劇」はマスコミによってたかって脚色されており、「大衆」の名に値しない劇団がかなりあると思うのです。娯楽に撤した内容は、演劇とか舞踊のジャンルを超えた芸能であり、「壮年・老年向芸能」と呼ぶべきでしょう。画一化されてしまったテレビ芸能と違って、あくまでも目の前のお客様を楽しませて帰すという姿勢、これこそが多くの人に夢を与えてことを考えると、決して無くなってはならない芸能だと確信するのです。他から見れば常識外の世界ですが、逆はあたりまえな事とは何なのかと考えてしまう今日この頃なんです。

遠文連ニュース「はぴねす」No.280(1991.2.10)より

 年末、年始は様々な体験をされたと思いますが、私は久しぶりに観客の少ないイベント会場で過ごしておりました。先ず、年末ですが、遠文連の年越しフィルムマラソンという、幹事さんも参加しないという映画鑑賞をしておりました。数十人という参加者でしたが、私は満足して帰りました。「私の二十世紀」は、おそらく浜松での上映作品の中で、たいへんな収穫だったと思うのです。
 お正月は東京にいたのですが、両国にある永谷ホールでの落語ベアーズと立川流合同自主公演へ行きました。えんしゅう寄席で御馴染みの柳家小里ん師匠がゲストだったのですが、出演者13人に対して観客は4人。これは、はっきり言って、我慢会でした。それから、鈴本演芸場の早朝寄席にも行ったのですが、こちらは朝10時という時間にもかかわらず、20人は入っておりました。いったい、都内のあの人口は何処にいってしまったのでしょうか。
 ところで、湾岸戦争で欧米への卒業旅行のキャンセル、海外視察の中止が続いているようですが、この機会に我々の世界観の狭さを考え直すのも必要かもしれません。

遠文連ニュース「はぴねす」 No.174  193  280

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