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復刻版「贋作・ひとりごと」No.12

遠文連ニュース「はぴねす」No.265(1989.11.10発行)より

 国とか地方自治体が中心になって全国でリゾート地の開発計画が推し進められてますよね。いつ、誰が何の目的のために実現させようとしているのか浅学な私にはわかりませんが、既に不動産業者、プランナーのおいしい金儲けになっているのではないでしょうか。おそらく彼らは自然保護とか自然環境とのバランスなどは考えていないだろうし、自分たちの孫の代までの環境も考えていないと思うのです。博覧会騒ぎの次がリゾート地開発騒ぎなのですよ。どうなっているんでしょうかね。これで内需拡大っていうことになるんだそうですが、はたしてそううまくいくんでしょうか。例えは悪いんですが、蛸が自分の手足を食べていくようなものだと思うのです。現在のサービス業でも利用者が支払う金額は、おそらく世界一高いと感じているのですが、新しく整備されるリゾート地ではおそらく、これまで以上に高くなるはずです。いったい誰が利用するんでしょうか。余暇は確かに増えていきます。でも、個人所得は同様には増えていきませんね。
 海でも山でも家族ぐるみでつきあえる民宿を捜して、なるべくお金を使わないで長期滞在するというのが私のリゾート法ですが、皆さんはいかがでしょうか。

遠文連ニュース「はぴねす」 No.265  266  267

遠文連ニュース「はぴねす」No.266(1989.12.10発行)より

 10月号の「晴れるといいな‥」でワインのことを書いていただきましたが、もうボジョレ・ヌーボーをお飲みになりましたでしょうか。まだでしたら、ご自分のお金では飲まれないほうが賢明です。というのは、フランスからの出荷価格が400円、ニューヨークでも860円という値段なのですよ。いくら流通コストが加わっているといってもどうなんでしょうか。さしさわりがありましたら、お詫び申し上げますが、ありがたがって飲んでいるのは、世界中で日本人だけではないかと思うのです。料理もそうですが、ええかげんにフランスという銘柄を内面的に検討されてはいかがでしょうか。日本人のテイストに対する感性はおそらく世界一ではないかと感じてきたんですが、ファーストフード産業やファミリーレストランがその感性を麻痺させてんのかもしれませんな。おさしさわりがありましたら、本当に申し訳ございませんが、料理人と経営者は別の人格を持っているようです。関西には何百年という伝統の上にあぐらをかかんと、主客の後継者を育てている料亭・職人の方がたくさんいてはります。関東のお方も、たまにはこうしたことの訳を謙虚に考えてみるべきやないか、と思うんです。

遠文連ニュース「はぴねす」No.267(1990.1.10発行)より

 今年は「明けましておめでとうございます」で、ご挨拶をいたします。昨年は、突然、昭和から平成に変わりまして、いろいろありましたですね。紅白歌合戦でも昭和歌謡史てなことをやっておりましたですが、これから昭和の歴史というものが、ある程度は公開されていくのではと楽しみにしております。私にとりましての、「昭和」というのは何といいましても手塚治虫さんでしたね。息子さんの真氏が、「父の原作を映画化すれば、日本の映画界は世界に通用するだろう」というような発言をされておりましたですが、その通りだと思います。科学の発達する先は、哲学ということでしょうか。
 さて、今年も書くぞ、辛口で。ということで、浜松駅前の再開発なのですよ。どなたかのご意見にもあったと思いますが、森をつくってはいかがでしょうか。新幹線を降りたらビルよりは雰囲気はよろしいし、他の都市にはない特色となるのではないでしょうか。空き地があるからビルを建てようという発想が世間の常識なのでしょうか。内需拡大・公共事業という社会的な建設事業をするべきだという公共機関のご意見を承知の上なのですが、孫子の代までということで自然の創生ということを考えてみませんか‥。

遠文連ニュース「はぴねす」No.268(1990.2.10発行)より

 1月10日に閉場されました上野本牧亭のサヨナラ公演を観にいってきました。ご存じでない方のために、ご説明しますと、東京都内で最後まで残っていた桟敷席の寄席でした。相続税の金額を考慮して次代に残さないという方法をとられたそうなのです。落語芸術協会のオールスターキャストを聴きながら、一軒くらいはこうした寄席を残せなかった東京都民に苛立たしさを覚えたのですが、当日、ふとぐるりを伺うと殆どが東京都民ではないようなのです。地域住民が必要としていない以上、残せないのは当然だと感じて帰ってきました。寄席だけでなく、寄席芸人にも興味が集まらなくなってきている現状です。全国で落語愛好者たちが地域住民を顧客にして、地域寄席を続けています。私もその一人なのですが、経営感覚でやっていないから続けていられると思うのです。観客動員というのは想像以上に難しいもんです。マスメディアに登場できなければ、セールスポイントにならないからです。芸人がどういう積極的行動に出れば、大衆の支持を回復することができるのか、真剣に考える必要があります。
 それにしても、こんなに世の中の動きが早く、価値観の違いが広がろうとは芸人でなくても予見できなかったのではないでしょうか。うかうかしていると誰も相手にしてくれない時代にかりますよ。

遠文連ニュース「はぴねす」No.270(1990.4.10発行)より

 私の友人の一人に、岐阜県のある町の「まちおこし」のリーダーがおります。最近、彼が口癖のように言うのは、「何故、まちおこしをしなければならないのか、何故、開発と称する乱工事をしなければならないのか」ということです。住環境って、そこに暮らしている人間にとって、何なのだろうかという事です。
「ふるさと創生資金」の使途って何なのか、不思議だと思いませんか。税金の使われ方が、市町村によってはかなり明白になっているのに、どうして関心が薄いのでしょうか。
 政府からリゾート計画が発表されれば、不動産業者、建設関係企業、第三次産業関係者たちが押し寄せて、それまでの住環境を破壊していきます。急激なピッチで進められていきますから、穏やかな変化を望む人達とは波長が合わないわけですね。体が動く時代は開発型都市で生活して、体が動かなくなってきたら、自然の中に戻るという生活システムも考えられているようですが、はたして、そんなにうまくいくものなんでしょうか。これだけ高くなったレジャー経費、サービス経費を果たして下げられるものなんでしょうか。余暇が増えていく半面を考え込んでしまうのです。

遠文連ニュース「はぴねす」No.271(1990.5.10発行)より

 現在の日本人の平均寿命は世界一なんやそうですが、それは現在の先輩達であって、これからは下がっていくんだそうです。親よりも子供達の世代が早死にをするという時代がやってくるんだそうです。これには、ストレス、環境汚染、緊張の連続社会といった、様々な要素がありますね。
 ある捉え方としては、飲食物なんだそうですね。アメリカとの貿易自由化によって、例えばタバコ、酒、牛肉が今までの何十倍という量で入ってきています。自動販売機が野放しにされているこの国では、コインさえ持っていれば年齢に関係なく購入できるんです。もちろん、世界的にみても収入が多いですから、いつでも好きな時に手に入れる事ができるんです。
 自由主義の世界ですから、売り手側にはどんな成分が含まれていようが、売れればいいわけです。いつでも、どこでも、だれにでも同じレベルの商品を、と言いながら、コストダウンのためには何をしているのでしょうかね。
 ですから、これからは保護者の気の使い方は大変なものなんでしょうね。コマーシャリズムに流されないで、自分達で判断していく事が非常に多くなっていくわけですから。

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