21.クラン・ドゥイユ/檸檬、跳ねる、視線
ツイッターでやったワードパレットからSSを書くやつです
檸檬って、爆弾らしいよ。このまえ、本で読んだんだよ。数歩前を歩く友人は振り返ることもなく、襟首の白を見せつけながらそう言った。
「梶井基次郎だろ」あー、なんか、そんな名前だった。「有名なひとだよ」ふうん、よく知ってるなあ、さすが図書委員。「図書委員は関係ないけどさ、」心地好い声は夏の温度に乱反射して、うしろを歩く私の耳を掠める。彼の声は、檸檬水のようだと、折りに触れ私は思う。涼やかに爽やかに肺に沁みるのに、いつもどこかせつなくて、喉が熱くなる。
「それならお前、いま、爆弾魔だな」
何とはなしに口にすると、彼はようやくすこしだけ歩く速度を緩めてこちらを顧みた。その右手には彼のお気に入りの、レモンソーダが握られている。丸みを帯びたペットボトル。その透明にさかさになって、夕暮れの街がぶら下がる。
「爆弾魔なあ、たしかに」そう言ってふっと口角を上げて、相槌とともに一瞬の狂いもなく、唇は動く。こうして面と向かって言葉を、視線を交わすとき、私はいつも彼の檸檬に燃やされる。酸が骨を融かすように、私の身体はいくつもの泡になってしまって、なんだか泣きたくなる。爆弾魔だ、と、心の中だけで繰り返した。私の世界を、私の感情を、まなざしだけで破壊する。
「なあ、それなら一緒に、吹き飛ばしちゃおうか」
「…………何を?」
「うーん、社会とか」
「適当に喋るなよ、お前」
「まあ、うん、そういう、反骨精神とか、あんまりないよな、俺もお前も」
「俺は加害者側じゃなくて、吹き飛ばされるほうだよ」
「ん?」
「いつもお前がしっちゃかめっちゃかにしていくだろ、俺の秩序を」
「はは、お前の秩序を?」
からからと笑って、不意に、彼が手を伸ばす。
冷たい指先が掠めるように頬に触れた。瞬間、早送りのフィルムのように凍りつく、心臓が跳ねる、背後に迫っていた踏切で、遮断機の降りる音がする、赤いランプが斜陽に融けて、星座のように熱くなる。
「…………何」
つとめて冷静な素振りをしようとして随分と不機嫌そうな、低い声を出してしまった。笑うしかないな、と我ながら呆れてしまう。男は、勿論笑っている。性格が悪いのだ。「怒るなよ、ごめんって。なんでもないよ」触れるだけ触れた指がすぐに離れていく、一瞬の通過電車を許すように。ほらそうやって壊していくのだ、この爆弾魔。人の気も知らないで。
2019/6/23
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?