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シネマレンズ

 くらげを見に行こうと彼は言った。「フローリングの床板を外すと地下はみずうみになっていて、そこに光るくらげがいるんだ」それはこのまえ一緒に観た映画じゃあないですか、と呆れた顔をしてみせて、けれど掴まれた左手があたたかいので文句も皮肉も彼の前ではことばにならないのだ。呼吸が淡水に馴染むように、すこし高い体温に絆されていく。三歩前をかろやかに歩く、短い影を追い掛けている。彼の隣は心地好く、穏やかで、同時にひどく淋しかった。
「ねえ、八坂さん」
「んー?」
「僕、あの、たまにほんと、生きていくのやだなって思うんですけど」
「急だなあ」
「今週末公開のあの映画、見て、あなたと話したいなって思うと、とりあえずそこまでは頑張るかってなるんですよ」
「じゃあ世界に映画と俺がいる限りお前はしねないね」
「そういうことになりますね」
「単純だなあ」
 はらりとこちらを顧みて、すこしだけ苦笑する。たった三歩の、けれど月より遠いその距離をいとも容易く飛び越えて、やわらかな影の中に融けていく。わたしにとっての彼は、水槽と同じだった。間抜けな後輩が社会という真水で生きていけるように手を伸ばしてしまった彼は、結局そのやさしさゆえにわたしに寄生されている。けっこうばかですよね、八坂さんは、とくぐもった声でだきしめた首筋に悪態を吐けば、小鼓を叩くように後頭部をしばかれた。「痛い」悲痛な声で呟くと愉快そうに笑われる。あいかわらず喜怒哀楽の振り分けが下手なひとだ。
「じゃあさいごのさいごまで、付き合ってもらうか、映画鑑賞に」
「のぞむところですよ」
「なあ、地球上のぜんぷの映画を制覇して、いちばんさいのさいごがさ、しょうもないB級ホラーだったらどうする?」
「ドリフのテーマでも流して爆発させて一緒に死にましょう。火薬の分だけ多少いい映画になるはず」
「いいねえそれ、最高」
「僕が言うのも何ですけど、最低ですよ」
 けれどそんな最低の心中を望んでいるわたしは、とびっきりの名作ととびっきりの駄作を探して今日も銀幕を掻き分ける。眠りに落ちる最期に見るなら、感動の涙なんかより、呆れて笑い転げるあなたの笑顔であってほしいのだ。

2020/12/14

#シネマレンズ #短文

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