『エイス大陸クロニクル』と津野瀬文について

 ひとつの作品を読むとき、同じ作者の別の作品を読んで比較する、という研究の手法があります。一般に「作家論」と呼ばれるものですね。発想やこだわりをとくに細かく分析すると、文章や単語選び・表現のクセを割り出して時代性や影響を受けた作家などを見ることができます。ライトノベルはだいたい川原礫か渡航に二分されているので、それ以降のOSOか転スラかあたりを分析するのでない限り、この二人を覚えておけばいいと思います。

 私が今回取り扱う作品は『エイス大陸クロニクル』なのですが、その前に出版された本を見ると、より深く作者の傾向を理解することができます。そのため、いちおうこの二冊も考慮に入れておくといった形で読んでいきましょう。


『最強剣士のRe:スタート1 美少女エルフに転生した剣聖は治癒術師をめざします』津野瀬文2019/10/25 株式会社オーバーラップ
・展開がていねいだが遅い
・独自語が多いわりに言語の作り込みが甘い
・TSした意味がほぼない
・装備が地味すぎる

『最強剣士のRe:スタート2 美少女エルフに転生した剣聖は治癒術師をめざします』津野瀬文2020/3/25 株式会社オーバーラップ
・茶番が多すぎて嫌気がさしてくる
・積み重ねなしの知識チートは違和感がある
・「だいたいこれでいける」能力はダメだと理解した
・見るべきポイント・ド派手な見せ場がほぼない
・縛りプレイか? ってくらい装備変更しない……
■重要事項
・精神的な揺らぎのないTSは面白くない(ブーメラン)
・完成したオジサンなのか童貞臭いのかはっきりして欲しい

『エイス大陸クロニクル ~死に戻りから始める初心者無双~』津野瀬文2021/4/30 株式会社KADOKAWA(ファミ通文庫)
・相変わらず展開が遅く、寒いパロディが多い
・嫌なところだけリアル
・戦闘描写が雑で、面白みがなくカタルシスに欠ける
・掲示板回が不要、スペースだけ無駄に取っている
・ゲームのストーリーパートがなかったので、タイトルの意味が不明のまま
■重要事項
・装備変更による見た目の変化がない(少しは成長しろ)
・ラストバトルに負けるのは冗談抜きであり得ない


1:設定面・出さなくてもいい個性のマズさ

 ウェブ原作のVRゲームものである本作は、あまたの例にもれず、テンプレートをなぞりつつも個性を出そうと設定のアレンジをがんばっています。これ自体はいいことだと思いますし、そういったアレンジは読者が注目するポイントです。私のレビュワーもどきとしての出発点がいち読者である以上、そこに触れないわけにはいきません。

「ジャンル」が料理のカテゴリだとするなら、作者によるアレンジは「具は何が入っているか」といったような工夫に置き換えられると思います。こういうと上等に聞こえるかもしれませんが、ライトノベルにおけるアレンジはお茶漬けや味噌汁レベルの「人気商品の売れ筋を押さえつつ、変えても文句を言われなさそうなライン」くらいにしかなっていません。

 あえて設定について他のものに例えるなら、「雑炊の具」あたりでしょう。それが何であるかを規定するためには必要ですが、最重要とは言えない程度の立ち位置です。とはいえ、具が入っていないものはお粥であって雑炊ではありませんので、関連する設定がない=そのジャンルとみなされないのは当然ですね。

 これらVRゲームもので読者の目を引く個性的な設定は、だいたい「そのゲームがいかに面白そうに見えるか」といったところに集約されるように思います。舞台となる世界の設定やゲームシステムの特徴、よくあるのは「NPCのAIがきわめて高性能で、まるで本物の人間のようにコミュニケーションをとれる」「特定のジョブが弱い」といったところでしょうか。かっこで括ったふたつは、今回の作品にも組み込まれています。

 ところが、このゲームが面白そうに見えるかと聞かれれば、私にとってはノーですね。理由として挙げられるのは「運営が信頼できないから」「妙なところで煩雑だから」「セールスポイントがまったく分からないから」の三点です。順番に述べていきます。


一:ゲーム運営の対応とユーザーの反応

 オフラインゲームをやり込んでいた少女が、「友達を作りなさい」と言われたことをきっかけにオンラインゲームを始める、というのがこの物語のはじまりでした。キャラクリエイトを経て、彼女は「通常のスタート地点とは違う場所からゲーム開始する」という、いわばログインバグに遭遇してしまいます。そして、おそらくは難関ダンジョンの中間セーブポイントであろう場所をセーブ地点に設定してしまい、脱出するためには攻略して地上に出るしかない! という苦境に放り込まれます。

 ここで、レベル一の状態でありながらレベル八十超えの強豪と戦わされて強くなる……という強さの裏付けを行っていますが、これは、通常ならばまずあり得ない大事件です。なぜそう思うのかというと、ゲーム運営の対応があまりにもひどいからです。実際のところ痛罵を浴びても仕方のないゲーム会社はいくつもあり、数知れぬ炎上を起こしているところもあるようなのですが、フィクションにそんなものは求めていません。

 ログインバグが起きた際に運営がすべきことは、まずメンテナンス対応でしょう。起きていることが判明した瞬間にサービスを中止、正しいログインが行われるようバグの修正を行わなければなりません。必要に応じてロールバックも行い、ユーザーへの補填対応もするべきです。強さの裏付けが「詫び石でガチャ引いたら最高レア当たったわw」あたりのばかばかしいものであっても、本作よりはよほどまともでしょう。

 ところが、読んでいる限り「ログインバグは起こらなくなった」以外の情報が出てこないのです。主人公がダンジョンから出るために二週間ほど時間がかかりましたが、運営からの補填があった、という文章はまったく書かれていませんでした。座標移動対応は行われたようですが、明示された情報はそれ以外何もありません。つまり、運営は形ばかりの謝罪を行っただけで被害補填などのあるべき行動をいっさいせず、事態をもみ消す形で黙ってバグ修正を行ったことになります。失敗を公然と隠蔽し、顧客が受けた被害への賠償もいっさいする気がないという、あまりにもいい加減で許されざる対応と考えるほかありません。

 では、これについてユーザーはどんな反応を見せているのか。答えは「プレイし続ける」です。主人公以外にもログインバグの被害者はおり、ときおり挿入される掲示板風のシーンでそれが語られていました。そして、ログインバグは「運営のやらかし」として記憶されています。また、少なくない数のプレイヤーが選んだ「魔剣士」というジョブがいやがらせのように弱体化されており、これもゲームの汚点として刻まれているようです。ならば、ユーザーはこのゲームを見放すのではないでしょうか。

 主人公はオフラインの格闘ゲームをやり込んでいるという設定があり、また、このゲーム以外にも「テイマーやサモナーが有名な」VRのオンラインゲームは存在することが示唆されています。それなら、この『エイス大陸クロニクル』は「凡ゲーだが運営がゴミカス、サ開初日のバグも補填なしサイレント修正。関わらん方が得」といったようなすさまじい酷評を食らい、主人公は別のゲームを始めると思います。ゲームソフトの購入にはそこそこのお金がかかるとは思いますが、ダウンロード版であっても、まさか返金対応に応じないほど消費者を舐め腐ってはいないでしょう。

 このジャンルには、たまに「ゲーム運営の目的は、ユーザーへのサービス提供ではない」という設定が隠されていることがあります。布石として「時代が何世代も進んだような超技術のVRシステム」あたりが明言されていれば、ほとんど確定といってもいいでしょう。しかしながら、この作品ですと技術水準が抜きん出ているわけでもなく、ほかのゲームをやり慣れている主人公がリアルさに感嘆するといったシーンもありません。そういった特殊な目的を、この作品の設定からうかがい知ることはできません。

 なぜ運営が続けられるのか、なぜプレイし続けるのか、私にはわかりませんでした。


二:妙な煩雑さ、あるいは楽しさを殺ぐリアルさ

 ゲームものではありがちな「ステータス表記」が、本作にもガッツリ盛り込まれています。私は、こういうものは行埋め以外の何物でもない、作者あるいは出版社の怠慢だと考えているので、内容はともかく好きではありません。意味のある内容はほとんどないうえ、作者が厳密な数値計算に基づいた展開を描く期待も持てないので、とりあえず行数・ページ数稼ぎに使われる、言ったもん勝ちな要素になりがちです。

 そもそもの話になりますが、こういったゲームを扱うジャンルの場合「数値を覆して勝つ」という展開はべつに面白みにはなり得ません。現実においても、ゲームは敵の方が強く作られているのがふつうだからです。数値上のステータスがこちらの数万倍あるうえにご都合バリアを張られている、なんてことも珍しくないので、プレイヤーはバリアを破るすべを身に付けたり装備を整えたりと、あらゆる手で勝利を手繰り寄せることになります。

 そういった事情を鑑みたうえで、本作におけるステータス表記を見ると、ページ分けがされていないことに疑問が出てきます。どういうことなのか説明すると、「キャラの基本情報とオプション情報が同じページに書かれている」という、実際にこういったものがある場合、ひどく見づらくなる仕組みが採用されているのです。

 私がふだんプレイしているゲームだと、キャラクター情報は「ステータスと装備/称号/バッジ展覧」というふうに分かれています。操作パネル状に展開されている特技一覧をどうVRに持っていくか、この構造に改善の余地があるかどうかはまた別と考えて、合理的だと感じています。

 人間が集中力を張り巡らすことのできる範囲はそう広くないように思いますし、手に持つ必要はないにしても、タブレット端末程度の面積があればじゅうぶんなのではないでしょうか。以前読んだことのある『荷物持ちの脳筋無双』という作品でも「UIの表示範囲が異常拡大する」という展開はあったのですが、それと同じようなことが起こっているように思えます。手の届かない、目の行き届かない操作パネルと考えると、ユーザーは不便を強いられ続け、ストレスを溜めるでしょう。項目の見落としや頻繁に挟まるスクロールの手間などを考えると、とても楽しそうなシステムとは思えません。


 また、ログインバグで強敵と戦った主人公が、そこで得た素材を換金しようとするができなかった、という展開もあります。主人公よりも先にきわめて希少なアイテムを売りに来た人物がおり、店主は店の資金をはたいてそれを購入してしまいます。そのため店の資金が尽き、主人公が高額アイテムをたくさん出しても「買い取る金がない」と断られてしまったようでした。この展開のねらいは「主人公以外にもログインバグを乗り越えた猛者がおり、“ある人物”がその候補である」ことを示すことにある、と推測できます。ですが、これがリアルを追求したものだとしても、単に不便を思い知らされるできごととしか思えません。

 ゲームにおいて、お店で売っているアイテムはカテゴリごとに分かれています。しかし、買い取ってもらえるカテゴリが店ごとに違う、というシステムは見たことも聞いたこともありませんし、それがゲームシステムの根幹を担ってでもいない限り、在庫切れや経営破綻が起こることはないでしょう。言うまでもなく、単純に不便でストレスを与えることにしかならないからです。

 この辺りを読んでいると、物語を構成する歯車やシャーシのひとつひとつがまったく組み合わさっておらず、すさまじいガタガタ感に悩まされます。ひとつの要素を否定すると、その前提となる要素も否定され、土台までもが勝手に瓦解していってしまうのです。


三:『エイス大陸クロニクル』のセールスポイントはいったい何なのか

 作中に登場するVRMMORPG『エイス大陸クロニクル』は、夏休みシーズンにサービス開始しました。初日にログインバグを起こしたものの、いっさいの補填を行わず被害者を二週間以上放置、ゲームバランスの崩壊を引き起こしかねない状態を同様に放置してサービスを続けています。そのような惨状にありつつ、プレイヤーはゲームを楽しんでいる様子です。

 じっさい、恐ろしい酷評を受けつつもサービスが継続しているゲームは存在します。「リアルである」と言えるのは確かなのですが、ユーザーを舐め腐った運営と、それに文句を垂れつつ遊びし続けるプレイヤーたちに、どこか歪んだものを感じるのもまた、素直なところです。

 現在運営されているオンラインゲームでも、有名なタイトルにはファンがついていますし、彼らは自分たちが遊んでいるゲームのセールスポイントを語ってくれます。上記のようなきわめて歪んだ構造の中に、彼らのような「自分が大好きなこのゲームの魅力」があるか? と考えてみると、まったく思い浮かんできませんでした。

 ほかの項でも述べた通り、同ジャンルの有名タイトルはすでにありますし、そちらとの差別化が図られている点もまったく不明です。「とにかくリアル」という点だけはそれらしく思えますが、日ごろからVRゲームに触れている主人公の感想も「地面を触ったら砂がつく」くらいのもので、それが嬉しいかと言われれば違うと思います。『モンスターハンター』シリーズだと、歩いているところの固さによって足音が違ったりしますが、しょせんは環境音にすぎませんし、戦略性につながることもほとんどなかったと記憶しています。

 他作品の話をすると、『SAO』では「ひとりの天才が作り上げた、世界初のVRMMORPG」というのが謳い文句だと思いますし、『シャングリラ・フロンティア』の「シャンフロシステム」はとても魅力的に感じます。『インフィニット・デンドログラム』のエンブリオも、ゲーマーのハートをこうも上手くつかんでくれるのか、と嫉妬したものです。こういった業界初、あるいは他を大きく引き離す画期的なものが欲しいのですが、『エイス』にはそういったものを見ることができません。

 これ以降については、別項で語っていきましょう。


2:展開のつまらなさ

 全力でネタバレをすると、この作品の展開は「ログインバグと脱出→チュートリアルと知り合い作り→ラスボス戦に敗退」でおおむね説明できます。もともとVRゲームものは脚本としての見どころを作りづらい構造なので、内容がほとんどないのは致し方ないことと言うほかありません。

 むりに中身を詰めたところで、プロ産であればゲームをやる理由をひどく陰惨なものにしたり、素人創作なら傷病の治療のためにゲームを遊ばせたりと、異常に重苦しいものになりがちです。川原礫が悪い(責任転嫁)。いちおう、障害のある方(本人の発言から推定)とゲーム越しに会話したことはありますが、そういう悲痛な逃避を感じたことはありません。そのような観点を加えて推察するに、このジャンルで求められるのは「楽しさの疑似体験」であると考えることができるでしょう。そこに脚本の面白みはほとんど必要ありません。

 ではなぜこの作品が面白く思えないのかというと、楽しさのキモとなる無双感が薄いからだと考えています。もろもろの設定を飲み込んで事実だけを述べると、主人公はスタート地点付近にいてはならないほど強く、固さが自慢のモンスターすら瞬殺することができます。しかし、最強キャラ枠はすでに埋まっており、バトルシーンも少なく、何より主人公自身が人と関わることが下手であるため、その強さがあらわになる機会があまりにも少ないのです。

 そして「強さ≒楽しさ」という式が成り立つような、言い換えれば「自覚している強さを実感する」シーンがほとんどありません。いわゆる無自覚無双に分類されるため、セオリーを守っているのだろうという推測はできるのですが、無双系における「周囲は誰一人として歯が立たないが、主人公だけがそれを打倒できる」くらいの、ちょうどいい塩梅の敵が出てきませんでした。倒せて当然の雑魚か、あるいは主人公でも一瞬の油断で負けるような超強敵か、というところなので、かっこいい勝ちがないのです。

 そして、ラストバトルに負ける点についても、あまり納得できませんでした。いつかリベンジしよう、という約束が物語のキモになる……要するに『シャンフロ』でいうリュカオーンのような敵として出したかったのだと思いますが、ぽっと出のうえに存在意義がまるでなく、世界観や観測上の立ち位置がちっとも分かりません。作中作『エイス』のストーリーパートやモチーフとなる要素がまったく出てきていないため、単眼の巨人なるものが何を示していて倒すとどうなるのか、いっさい推察できないのが困ります。

 上述した「脚本の面白み」がこういったジャンルの作品にあるとすれば、おそらくは世界観を掘り下げる要素と、そのヒントの配置から感じられるのではないか、と考えています。本作でそれを匂わせることができるとすれば、難関ダンジョンにいたモンスターとラスボスから関連を見るであるとか、街に伝わる伝承と墳墓で見たものの細かな差異であるとか、そのあたりでしょう。そんなものはないので、細やかな作り込みはほとんどなされていないことが見て取れますね。

 個人的に、無双ものの面白さに必須なのは「基準/理解」だと考えています。たとえばこの作品であれば、最序盤の街でレベル五十のボスモンスターが出現したとき、誰一人として歯が立たないことでしょう。主人公はレベル八十二なので、かなり余裕をもって倒すことができるだろう、と容易に推察できます。これが「基準」で、「凡百のモブには不可能なことを、ただ一人成し遂げるすごいやつがいる!」と簡単にわかってもらえます。

 そしてモブはきっと、「こんな序盤であんな強敵を倒せるやつが……!?」とド派手に驚き、戦闘後のカタルシスを大いに盛り上げてくれるに違いありません。これが「理解」で、主人公の強さを分かりやすく示し、それを認めることで読者に大きな快楽をもたらしてくれます。

 ひるがえって、この作品をつぶさに読んでみますと、基準は不鮮明かつ、理解もじゅうぶんに為されていません。難関ダンジョンにいるモンスターのうち何体かはレベルが明記されていますが、強敵であることしか分かりません。そして、その後に起こるイベントでも、ラストまで主人公の強さが正確に読み取られることはなく、主人公自身も強さを実感することはほとんどありませんでした。現役のネトゲ廃人としては、積み上げた強さで敵を瞬殺すると、いっそ下品なくらいに無双感あるいは愉悦を感じるものです。ゲーマーでありつつ無双を楽しめないこの少女には、まったく共感できませんね。

 強敵に立ち向かうときはやる気を出していたのに、この少女がゲームを楽しめるポイントはいったいどこへ逃げていったのでしょうか。


3:見ていて面白くないポイント

 ひとりのゲーマーとして、疑似体験を主体とするVRゲームものに求めていることはいくつかあります。まず「気持ちのいい勝利」、そして「装備の更新」が必須でしょう。あれば嬉しいのは「新しいコンテンツの開拓」でしょうか。本作にはそのすべてがないので、最初に読んだときはずいぶんがっかりしました。ところが、そういったがっかり感について、作者のデビュー作を読んでみると、どうしてそうしてしまったのかがある程度察せられるのです。

 共通点、あるいは作者のクセとして、以下の事項がそうであろうと考えることができます。順に示していきましょう。


・じっくりと物語を展開し、閉塞からの脱却を主題とする。
・銀髪のスレンダーな少女を主人公とするが、内実は少女とほど遠い。
・道具に対するこだわりがなく、所持者の力が大きく反映されると考えている。
・コミュニティの単位がきわめて小さく、それぞれが切り離されている。
・世界に対する物語ではなく、内在的な問題に立ち向かう物語である。

 少女を主人公としつつ少女らしくないという点は、ある程度仕方がないと考えています。読み取れる思想や知識はかなりナード寄りで、たとえ女性であったとしても、物語上に描くことのできる女性あるいは少女の感性を十全に備えているとはとても思えません。パロディや下ネタから察するに、女性である可能性はやや低いでしょう。少なくとも、引き出しの多い人ではないな、と感じています。

 これらの中でも、本作においてもっとも大きな問題となっているのは、「道具に対するこだわりがない」という点です。これは、ゲーム的には一大イベントともいえる装備の更新がほとんど描かれないことにもつながっています。装備の更新は、明確に強くなったこと、あるいはそれを自覚することや可能性の幅が広がることを自覚するよいタイミングなのですが、そういったものはありませんでした。

 初期配布の錆びて刃こぼれのした剣を使い続けているため、思い入れもエピソードもありませんし、見映えもしません。どんなものであれ、アイテムに関するエピソードは物語のサブパーツとして、たったひとつからでもたくさんの話題を生み出してくれます。入手経路や持ち替え、破損や修復、アイテム自体にまつわるお話など、メインストーリーと離れすぎない軸として、とても扱いやすいものと言えるでしょう。

 これを重要視しないことは、格闘漫画で武道の流派を描かないままバトルシーンに入るようなもの、あるいは料理漫画で食材についての説明を省くようなもの、とでも表現できるでしょうか。なんにでも使える美味しい要素をかなぐり捨ててしまっては、ストーリー全体を引っ張る、読者を引き寄せる牽引力までもが弱まってしまいます。

 読み取れるものとして、装備の持ち替えをせずに強くあり続ける猛者を描きたいようなのですが、それならそれで相手の格を強調しなければなりません。誰もが知っているような格の高い魔剣・妖刀を振るう敵に対し、主人公が道場かどこかにあった古びた木刀で戦う、というのであれば、その勝ちは間違いなく主人公の実力によるものでしょう。たとえ勝者が木刀を褒めようが、本来勝てるはずがない、と読者は感じるに違いありません。

 オンラインゲームで武器を作るのはものすごい手間がかかるので、生産だろうがレアドロだろうが、入手までの運びと手に入れた喜びは、経験者であれば絶対に語るはずです。私事ですが、望みの属性OPが出るまで基材を狩りまくり、鉱石集めでオクに貼り付き、安くなったレシピを先に買われて涙し、いざ作った武器の補正が低くて蒼ざめ、友人と素材を取り引きしてようやく、しかし狙い通りのOPと補正のついた逸品を作り上げるのに半年……なんてこともありました。次に備えて鉱石溜めてるけど絶対足らん。

 正直に言ってしまうのですが、作者のゲーム経験の少なさ、そしてアンテナの低さがこういった構造を作り出してしまっているのだと思います。キャラは一人しか作れないうえ三日以内に追加料金を払っての作り直し、各種スキルの獲得条件はノーヒント、レベルで追加されるのは特技だけ、などなど……まず間違いなくオンラインゲームを遊んだことがないだろうな、と推察できてしまうほど、各種要素がプレイヤーを舐め腐っています。

 挟み込まれる掲示板回では「ジョブの必須条件見落とさせて、キャラ作り直しで課金させんのねw」などとのたまっていますが、誰一人としてその手ひどい仕打ちに怒ることがないあたり、わけが分かりませんね。クソゲー呼ばわりは免れないでしょうし、どこぞの青→赤みたいに叩き動画が毎日投稿されるようなことになりかねません。苦行だけさせられ、課金しないと抜け出せないうえに苦行を繰り返す羽目になるゲームなんて誰がやるんでしょうか。『ルーンファクトリー』とか『ファンタジーライフ』あたりしかやったことないんでしょうかね……。


4:まとめ

 これまでまったく触れてこなかったのですが、『エイス大陸クロニクル』は『小説家になろう』『カクヨム』に原作が掲載されている、ウェブ原作の書籍化作品です。なるほど人気作なのか、と思って情報を確認してみると、まったくそんなことはありませんでした。カクヨムで☆205って……21年当時でもちょっと伸びてきたくらいの扱いでは。あとがきによると「第二回ファミ通文庫大賞」らしいのですが、その風格はまったく感じられません。なんで人気じゃない作品が大賞取るんでしょうね?(純粋なまなざし)

 逆張り的な要素が多め、かつ読み手のツボを理解していないと思われる箇所も多くみられるので、ふつうの人気を得ることは難しいのではないかと思います。ラスボスに負けるという展開も、一巻でのまとまりと考えるとよいものとは思えません。理由も単なる凡ミスなので、負けても仕方ない、次に立ち上がればよい、という前向きな気持ちにはなりにくいかなと感じました。

 ゲーム的な要素がほとんど活きていないので、前作のようなハイファンタジーの方が向いているのではないかと考えています。どうもメンヘラ気味らしく、承認欲求のために小説を書いているということなのですが、小説はね……あまりよろしくありませんね。反応が可視化されやすいカクヨムに移ったのも納得ですが、Xに投げるタイプの絵師になった方がよかったんじゃないでしょうか。一回筆を折ったということなので、もう一度立ち上がることはそうとう難しそうに思えます。

 おそらくもう二度と作品を読むことはできないと思われますが、作者の心身の安寧を祈って、レビューを閉じておきましょう。

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