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ミーハー記念日第3回 怒る人〜立川談志さん〜

「怒る人」

※※この原稿は読者選別のため有料記事にしています。
 
 その日、僕は護国寺にある講談社に漫画の持ち込みに行った。
講談社と言えば「マガジン」や「モーニング」を出している超メジャー出版社である。僕の漫画は漫画雑誌に掲載されたことはないが、もし掲載されるとしても間違いなくこういった大手ではないことは自覚しているつもりだった。
 しかし、なぜかふと思い立って足を運んでしまった。
 僕の漫画を見てくれたのは僕とほとんど年の違わない女性の編集者で、はきはきとものを言う人だった。
「まあ、こういったものはうちの雑誌向きではないですよね。うちはもっとわかり易いというか、投げっぱなしじゃなくて、受け手の事を考えた…」
と、こんな感じのことをいろいろと言っていた。
彼女の言うことは、もっともだった。
 しばらくそんな話をして、「ではまた今度」(出直してくださいという意味です)ということになり僕は講談社を後にした。

 この時僕は少なからず落胆していた。しかしそれは漫画が雑誌に載らないことにではなくて、そこにいる自分自身に対してのものだった。
 持ち込みをする時はたとえ実力が足りなかったとしてもせめて「自信」か「情熱」くらいは持参したいものである。もし自分の作品に自信があり、すぐにでも雑誌に載せてもらうくらいのつもりで持ち込んでいたなら彼女の言葉に対して熱くなって反発したり、肩を落としたりしていたはずである。しかし、僕は彼女の言葉に熱くなることも、肩を落とすこともまったくといっていいほどなかった。
 だから僕は、自分の作品に対していろいろ言われても、熱くもなれず、肩も落とせない、そんな自分にがっかりして肩を落としていたのだった。
 つまり、持ち込みをして編集者の言葉に落ち込む他の人たちより、ひとまわり遠い所で落ち込んでいたのである。
 これにはさすがに気持ちが重かった。というのも、この事実は漫画が「良い」「悪い」以前の、「描く」「描かない」という初歩的な問題だからだ。
 うつむいて会社を出たので、いつもなら真剣に目を向ける受付け嬢にも大して目を向けることが出来なかった。

 この日、外は晴れていたがものすごく風が強かったので、僕は原稿を入れたケースを抱えて地下鉄へと急いだ。
 地下鉄の入り口に着くと階段の降り口のところにTシャツ・短パン姿で首にタオルをまいたおじさんが、こちらに背を向けて立っているのが見えた。このあたりでそんなラフな格好をしている人は見たことがなかったので、妙に気になった。
 僕が階段を降り出すのとほぼ同時にその人も降りはじめた。それで並んで歩くことになり、顔をのぞくと、見たことがある人だったので僕は声をかけてみた。

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