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津波被害からの鉄道復興

このたび、拙著『復興』を上梓いたしました。

ふと足元を見た
線路の上に積もった雪
足跡が続く

線路脇には残骸が積み上げられ
軌道があったところには雪しか無い

人の気配を感じて近くの駅まで歩く
列車の来ない駅を掃除する住民たちの姿が目に飛び込んできた

駅を見下ろす公園には仮設の避難場があったはずだ
そこから来た避難民だろうか

「今動かさなくて何が鉄道だ、復旧するぞ」
被害状況の確認に来た責任者が同行の保線作業員に叫ぶ

軟弱地盤に大量の杭を打ち込んで地盤改良を目指す事にし、建設会社を当たるが、土・砂・岩石が入り組んだ地盤の改良には時間がかかると言われた。
復旧責任者はそれでも構わないと答え、工事を頼んだ。

道路や線路脇の瓦礫が撤去された。
今日は枕木が来た、今日は線路が来たと子供たちが燥いで大人たちに報告する声を毎日のように聞くようになった。
積み上げられた枕木が雨に濡れないよう、被災した漁師たちが船の帆を覆いかぶせた。
線路が錆びないように毎日のように住民たちが磨いてくれた。

動ける住民総出で、2センチから6センチ大のバラストが敷かれてゆく
その上に規則正しく枕木が並べられてバラストが整えられる
ついに線路が敷設され、高さや幅の検査が行われた。

津波で流され大破していた蒸気機関車が修復されピカピカになって工場に置かれていた。
今日は火入れ式が行われる
屈強な体格の火夫(機関助手)が火室に石炭をくべる
燃える石炭は1500度もの熱を発生させ水を瞬時に沸かし膨大な蒸気を作る。
すぐには走り出せない。
じっくりとボイラーが安定するのを待つ

客車も貨物も繋がっていない蒸気機関車と炭水車のみである
復旧した軌道の試験車両である
大きな3つの動輪が目立つ、その前にも小さな先輪が2つ、後ろにも小さい従輪が並ぶ。
出発合図の汽笛と蒸気とクランク主連棒の機械音が大きく響く
シュー シュー ピーッ
高圧蒸気がシリンダーに送られ機関士の複雑な操作で機関車が蘇る
動輪は空転すること無くゆっくりと機関車が走り出す
シュッシュッ ポッポ シュッシュッ ポッポ 
ピーッ また警笛が響く

両脇に並ぶ工場の工員たちと土木工事の人足、保線作業員達
皆が涙しながら激しくヘルメットを振る

客車も貨車もひいていないが、巨体は重たそうに動き出す
「信号よーし」
工場から繋がる線路は本線に入る
ヘルメットを振る人たちに機関士が手を振り返す
手袋が煤で黒くなっていた。
少しずつ速度を上げながら機関車は走り去った

順調に走り、無事に終点の駅に着こうとしていた
線路の両側や山の斜面、丘の上の避難所の前には日の丸や大漁旗を振る住民たちの姿が見える
機関士は警笛を鳴らして答える
ピーッ ピーッ
普段は危険を知らせるものだが、今日は特別だ
途中の線路脇もこんな感じで大歓迎された。
機関車は終点の駅にゆっくり停車した。
ギギギギ プシュー
蘇った機関車も元気に走って一息ついている。

「おかえり」
機関士の妻がそう言いながら絞ったタオルで機関士と火夫の顔を拭った
住民代表が花束を抱えて立っている、その横には会社のお偉いさん方がいならぶ、その周りには住民が犇めいていた。
駅長や駅員は乗客の避難誘導の際に亡くなられていた
未亡人たちが遺影を機関車に向けた。
「おかえり」
実は、この人が多いホームは第二会場だった

駅前の第一会場では開通式典が行われており、地元の偉いさんが既に演説の真っ最中だった。しかし、政治家の前はいつものように閑散としていた。


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