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アンケート集計レポート「これが響いた! 通翻訳、ことば、本 、映像2021」 ~翻訳・通訳、言葉に関するトークイベントおよび本、映像についてのアンケート~

昨年暮れに「ほんやくWebzine」で募集したアンケート「これが響いた! 通翻訳、ことば、本 、映像2021」についてご報告します。回答をいただいた皆さんに改めて御礼申し上げます。回答数は6件でした。

まず最初に、2021年に参加したトークイベントの中で印象に残ったプログラムは何か、お答えいただきました。

◆トークイベント編

翻訳者のためのウィークエンドスキルアップ講座「古典新訳・言いたい放題―O・ヘンリーを中心に」登壇者:小川高義氏(翻訳者)/2021年11月20日開催/日本出版クラブ洋書の森

小川氏が訳文をつくる際の思考の軌跡を一緒にたどっていくような楽しさがあった。(翻訳者 児島修さん)

音楽と翻訳は似ていて、楽譜(原書)に向き合い、楽譜からどれだけ読み出すかが大事。その読み方にこそ個性がある。(翻訳者 俣野麻子さん)

長年翻訳に真摯に向き合われてきたからこその貴重な言葉の数々が染み入りました。(翻訳者 Mさん)

アンケートにお答えいただいた方の複数の方が、このイベントが印象に残っていると評価していました。

「コロナ禍における翻訳出版――現在そしてこれから(2)」登壇者:永嶋俊一郎氏(文藝春秋 翻訳出版部 部長)/2021年3月5日開催/日本出版学会翻訳出版研究部会

無駄話や街の雰囲気、現地の本屋やブックフェアに行くことの重要性(が印象に残った)。(翻訳者 吉田博子さん)

「父娘で読む、ウィリアム・ブレイクと『無垢の歌』」登壇者:池澤夏樹氏(作家)、池澤春菜氏(声優、舞台女優・エッセイスト)/2021年3月26日開催/本屋B&B

朗読や詩が素晴らしい、娘さんの訳に手を入れることについて、『それはできない』と(池澤夏樹氏が答えられたことが印象に残っている)。(吉田博子さん)

「読書会『存在しない女たち』」登壇者:神崎朗子氏(翻訳者)/2021年4月29日開催/洋書の森

参加者の皆さまと苦しい経験を吐露しあい、どうすれば社会が変わるかを考えられた、とても有意義な時間でした。(翻訳者 Mさん)

「ペアで仕上げる英語字幕」(日本通訳翻訳フォーラム2021)登壇者:蔭山歩美氏(映像翻訳者)、ジョナサン・M・ホール氏(通訳者・翻訳者)/2021年5月21日開催/日本会議通訳者協会

日本語の映像作品に英語字幕を付ける仕事を2人1組で手がけるお二方の息ぴったりのお話に惹き込まれました。単なる語学力にとどまらず、作品への深い理解や愛情をもち、製作側とのコミュニケーションを丁寧に重ねながらひとつひとつの作品を仕上げていく過程を実例を交えながら紹介いただき、お二方の字幕翻訳への取り組み方はプロフェッショナルの鑑であり、機械やアマチュアには到底できない高度な技術や思考によって成り立っている仕事であることが分かり、感銘を受けました。翻訳者にとどまらず一般の映像作品ファンにもぜひ知ってもらいたい講演でした。(翻訳者 kさん)

「修行時代から現在まで~北欧翻訳事情」(日本通訳翻訳フォーラム2021)登壇者:ヘレンハルメ美穂氏(翻訳者)/2021年5月29日開催/日本会議通訳者協会

悪いところをゼロにするよりも、良いところを増やしていく、という言葉にぐっと来ました。ヘレンハルメさんのいきいきとした翻訳の理由が少しわかった気がしました。(Mさん)

「リベラルアーツと外国語」登壇者:鳥飼玖美子氏(立教大学名教授)、小倉紀蔵氏(京都大学大学院教授)、ロバート・キャンベル氏(早稲田大学特命教授)/2021年5月29日開催/中部大学創造的リベラルアーツセンター

立場の違うお三方が三者三様で意見を述べられ、予定調和的でなく、テーマの深遠さが感じられました。外国語教育で何を教えるべきかという本質的な問いを考えるきっかけをいただきました。(俣野麻子さん)

「表現すること 本を出すということ」登壇者:大竹英洋氏(写真家)、松田素子氏(編集者)/2021年11月17日開催/神戸市外国語大学研究所

編集者(松田氏)がひとりの若き表現者(大竹氏)に出会い、惚れ込み、じっくり関係を育てながら二人三脚で作品を生み出していった過程のさまざまな(ときには奇跡のような)エピソードが印象に残りました。書籍は情熱の産物であるとあらためて感じさせられました。(翻訳者 三輪美矢子さん)

「みんなで世界文学全集を妄想する(#妄想文学全集)」登壇者:鴻巣友季子氏(翻訳者)、三宅香帆氏(書評家)、山本貴光氏(文筆家)、 渡辺祐真/スケザネ氏(書評家)/2021年12月18日開催/株式会社共和国、平井の本棚

古典文学とその語り直し、新訳による新たな解釈など、翻訳の世界の広大さをあらためて感じた。(翻訳者 レモンイエローさん)

続いては、2021年に読んだ本の中で特に印象に残っているものを挙げていただきました(2021年に新刊として出版されたものに限っていません)。

◆書籍編

最初は、翻訳や言葉に関するものから。

中村保男 編、大谷豪見・千代美樹・久保尚美・宮本文 著『英和翻訳表現辞典 基本表現・文法編』(研究社)

ほんやくWebzineのアンケートに回答したのをきっかけに再読。個々の訳語についての有益なヒントが得られるのはもちろん、日本語らしい訳語をつくるための柔軟な発想と基本的な心構えが学べる名著であると再認識しました。(児島修さん)

滝浦真人 著『日本語リテラシー』(放送大学教育振興会)

「は」と「が」の違い、感想文・意見文と報告文・説明文、起承転結などの文章構成、演繹や推論などの論理。ものを書く人間は知っておいたほうが良い。(吉田博子さん)

続けて、直接は言葉や翻訳について焦点を当てていない作品からも印象に残ったものを挙げていただきました。

石井麻依 著『貝の続く場所にて』(講談社)

異国で記憶と向き合う主人公に、ある意味人間の記憶を訳す、翻訳作業を重ねて読んだ。(レモンイエローさん)

呉明益 著、小栗山智 訳『複眼人』 (KADOKAWA)

生と死が代わる代わる訪れ、自然は絶えず変わっていく。人間もその一部に過ぎない。という無情さと世界の壮大さを感じた、長く心に残る物語でした。(Mさん)

アガサ・クリスティー 著、乾信一郎 訳『アガサ・クリスティー自伝』(早川書房)

アガサ・クリスティー自伝 上 | 種類,クリスティー文庫 | ハヤカワ・オンライン (hayakawa-online.co.jp)
アガサ・クリスティー自伝 下 | 種類,クリスティー文庫 | ハヤカワ・オンライン (hayakawa-online.co.jp)

50歳くらいから道が開けてきたという部分(が印象に残った)。基本的にどんどん前に進む清々しい生き方。言葉の仕事というより、著者とタイプは少し似ているが人生の姿勢を補強してもらった。(吉田博子さん)。

ジョン・ウィリアムズ 著、東江一紀 訳『ストーナー』(作品社)

訳者の東江一紀さんが病床で訳されたと思うと終盤は涙が溢れて止まりませんでした。(Mさん)

辻山良雄 著『小さな声、光る棚 ―新刊書店Titleの日常』(幻冬舎)

“わたしは人が本を手にとるときの、その純なこころの動きが好きだ。そう意識しなくてもその人は、少しでもよい人間になりたいと願い、目のまえの本に触れているように見える。わたし自身、たとえ同じ日のくり返しに見えたとしても、明日はもう少しいい店にしたい。派手に勝たなくとも、変わることなく長く続けたい……。今日はうまくいかなくても明日こそはと思うとき、人は遠くにかすかな虹を見ている。”【本文123ページより】 
「店」を「訳文」に変えれば、自分がことばの仕事に向かうときの気持ちそのままだと感じ、勇気づけられました。(三輪美矢子さん)

グレゴリー・ケズナジャット 著『鴨川ランナー』(講談社)

表題作ではない、もう一篇の『異言』で、主人公が翻訳の仕事について語っている部分が印象に残りました。主人公は“この仕事を始めるまでは翻訳者は透明な存在のようなもの”で、“単なる変流器のように、ただ機械的に一語一語の形状を変化させるだけのことだと”思い込んでいたが、実際にやってみると、“変流器ではなく、新しい言葉の源そのものにならなければなら”ず、“源から言葉を絞り出すのが難しくな”り、日に日に違和感が蓄積してくる。“あるウィンドウの中の日本語の言葉を、別のウィンドウの中の英語の言葉に移しながら、底のない谷間を渡る古い木橋が見る見るうちに崩れ落ちている光景が思い浮かんだ”と言う。マンションの窓から、工事中の新築マンションの上で作業員が巧みに骨組みを飛び歩いている様子が見え、それと比較して、自分は楽な椅子に座り込んで一文字も翻訳できず、羞恥心に見舞われる。翻訳について語るとき、ポジティブな意味合いで「橋を架ける」といったメタファーが使われたりしますが、この主人公は「底のない谷間を渡る古い木橋」や、工事の骨組みを飛び歩く作業員など、物理的にスリリングで危ういものと対比しています。そこから、翻訳につきまとう事の重大さのようなものがあぶり出されている気がします。(俣野麻子さん)

最後は、映像作品です。

◆映像編

映画『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』監督:バーナード・ローズ・2013年製作・PG12・ドイツ・原題 “Paganini: The Devil's Violinist”(配給:アルバトロス・フィルム)

パガニーニが好きで、不遇な生涯を送ったことは知っていた。音楽は吹き替え無しで特に良かった。楽器の練習と翻訳や語学は、練習がいるという意味で常々関係があると思っている。(吉田博子さん)

TED Talk “What Makes a Good Life? Lessons from the longest study on happiness” プレゼンター:Robert Waldinger氏(TED)

アメリカの、ある長期的研究についての発表。人生において大切な人と過ごすことの価値が何よりも大きなものであることを強く共感させられた。(児島修さん)

テレビ『こころの時代』「己の影を抱きしめて」出演:清水眞砂子氏(NHK)

ル=グウィンの書いた『ゲド戦記』は架空の話で機械のない道具だけの時代なので、言葉の身体性をどう訳すかなやみ、文化人類学の本まで読んで翻訳。英語のWizardを魔法使いと訳したくなかったので、語源をたどって“wise(賢い)+ard(ひと)”と訳した。(レモンイエローさん)

2021年も言葉や翻訳、通訳の仕事に示唆を与えてくれるセッション、本、映像がいくつもあったようです。また、一見、翻訳や通訳に関係はなさそうに思えるような作品のなかから仕事につながる新たな発見を見出している方が多いことも印象に残りました。

「ほんやくWebzine」編集チーム


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