無駄を削ぎ落とす
集団社会で生きていくのは楽じゃない。
まわりに能力を認められるまで、居場所を手に入れるのに必死だ。
ひとたび自分の居場所を手に入れれば、今度はさらに居心地を良くするために、ひとつ上の暮らし、地位、家族、実績・・・などを手に入れようと必死になる。
そうするうちに、いつしか人は「居場所を守るため」に生きるようになる。
そのためだったら、大抵のことはできるようになり、生き方や信念ですら曲げられるようになる。
安心感を求めるのは生存本能だ。
だが、松蔭はそういう生き方を嫌った。
「安定した生活」の先には、目に見えぬものに怯える、つまらない日々しか待っていないとしっていたからだ。
松蔭が理想としたのは武士の生き方だった。
士農工商という制度に守られていた武士は、なにも生み出さずとも禄(給料)があったが、
その代わり、四六時中「生きる手本」であり続けなければいけなかった。
武士は日常から無駄なものを削り、精神を研ぎ澄ました。
俗に通じる欲を捨て、生活は規則正しく、できるだけ簡素にした。
万人に対して公平な心を持ち、敵にすらもあわれみをかけた。
目の前にある安心よりも、正しいと思う困難を取った。
そのように逆境や不安に動じることなく、自分が信じている生き方を通すことこそが、心からの満足を得られる生き方だと、松蔭は信じていた。
本当に大切にしたいことはなにか。
大切にしたいことのために、今できることはなにか。
その問いのくり返しが、退屈な人生を鮮やかに彩る。
『 覚悟の磨き方 』超訳/吉田松陰 P74より
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