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ビデオデッキの神様

当方の父はオタクである。
どこに出しても恥ずかしくない立派なガンダムオタク(通称ガノタ)であり、見た目は吉本興業所属のMr.オクレだ。
年末になると地元の友人達と集まり、戦闘妖精・雪風やテッカマンやNHKアニメの話をしながら酒を飲んで喧嘩になったりする。
従って当方は自分が大人と呼ばれる年になるまで、父親という生き物は酒飲むとアニメと漫画の話で喧嘩する物だと思っていた。
他所の家の父親はそんな事(少なくともアニメとか漫画とかプラモデルとかの話では)しないと聞いた時には大変驚いた物だ。

そんな父親が家の中にいるので、アニメとか漫画とかゲームとか、あの時代、害虫のように母親達から忌み嫌われていたああいうPTA的観点で言うところのユウガイな物達には寛容な家庭であった。

ただ、当時大流行していたCCさくらとかを齧り付きで観ていると『そんな軟派なアニメーションだけじゃなくて、カウボーイ・ビバップとかガサラキとかゲッターロボとかserial experiments lainとか見ないと駄目だ』と正座した父親に怒られたりした事はあった。どんな親だ。

さて、そんな家庭で何より大事にされていたものは何か。
ビデオデッキである。

当時地方に住んでいた当方一家は、当たり前であるが見られるチャンネルに限りがあった。

これは都心の方に言うと『えっ、嘘だ』と言われるが、地方の人間でジャイアンツファンが多いのは、野球のチャンネルがジャイアンツ対〇〇しかないからである。〇〇はその時々で代わるので、固定球団はジャイアンツしかない。その為地方民は右も左もジャイアンツ、小学生の憧れの選手はゴジラ松井で決定だ。

そんな地方でカウボーイ・ビバップだのガサラキだのゲッターロボだのserial experiments lainだのやっているはずがない。幼少期を田舎で過ごしたオタクの多くが何故あんなにNHKアニメについて必死に喋っているかと言うとリアルタイムで見れた物がそれしかないからである。

では何故限界地方民の我が家でそれらのアニメを観ることが出来たのか。

答えは簡単、ビデオテープである。

それもTSUTAYAで借りた物ではない。
父親が全国飛び回ってこつこつペンパルと出張先で集めたオタク仲間達の友情の証として、毎週鮮度ピチピチ取れたてのアニメをビデオテープに詰めて空輸で送ってくれたヤツである。
誤差が1週間と空かないツヤツヤのそいつらを母が寝静まった頃に電気消した部屋で父親と二人、インスタント麺啜りながら観る。変な親子だ。

そのビデオテープは無論我が家だけに留まらず、密教がシルクロードを経由し東アジア諸地域に至った伝来の足跡の様に、当該エリアの様々なオタク達のビデオデッキを経由し、最終的に然るべき住職(オタク)がいる寺院(オタク部屋)に納められる事となる。

なので我が父は女よりも赤子よりもペットよりもビデオデッキをあやす方が得意である。
元々自分でラジオの組み立てしたりするタイプのオタクなもんだから、事ビデオデッキに至ってはそこら辺の電気屋より手際が良かったりする為、小遣い稼ぎで休日に他所の家のかわい子ちゃんいじってたりしていた。

事件が起こったのは当方が中学2年の冬である。


中学校2年生というのは自分達が一端に物を考えられると勘違いしているピヨピヨのヒヨコちゃんである為、わざわざ校内でタバコ吸ってみたりとか部室で猥雑本回し読んだりとか、大体ろくでもない事をしでかしたりするのだが、当方のクラスメイトの中尾くんもそのうちの一人である。

中尾くんは高校生の兄貴がいるのだが、それがちょいと名の知れたヤンキーである為、中尾くんもヤンキー【風】である。

【風】の悲しい所は、教育実習生に毛が生えたばっか、みたいな国語の女の先生には『声聞こえねーんだけど』なんて大声出せるくせに、柔道部顧問の体育教師には『腹から声出せ!!』なんて逆に檄を飛ばされていたりする。
昼休みに『ヤニキレで手が震える』とか言って教室のベランダで指に挟んだタバコに火をつけて見せたりするが、あんなもん咥えて息吸い込みながらじゃないと火なんてつかないのである。なんで当方がそんな知識あるかと言われたらカウボーイ・ビバップの影響だ。

そんなヤンキー風の中尾くんはある日事件を起こす。その名も【視聴覚室で兄貴の秘蔵のビデオ上映会】である。

馬鹿すぎてこの文章打ち込んでる当方も泣けてくるのだが、これを馬鹿真面目にやってくれるのが中尾くんである。

その日は松任谷由実も真っ青のブリザードで、水気混じりの重い雪が横殴りにバンバン吹き荒れていた。
書道部の大会課題がその日締め切りで、思いっきり忘れていた当方は仕方がなく放課後、真っ暗になるまで手を黒く染めていた。
時刻は19時前で、天気も相まって残ってる教師も片手程度だったと思う。電気も殆ど消灯されていて、廊下は寒々しく、水槽のような教室は不気味だった。
この天気では到底自転車で帰ることは叶うまいと購買前の公衆電話から仕事帰りの父親をタクシーがてら呼び出した時だ。

『お前、オタクだろ』
突如暗闇の中から声が聞こえた。
口裂け女しては色気がないなと振り返ると、顔色の悪い中尾くんが立っていた。

『お前オタクだから機械詳しいだろ』

オタクは自作PCも組めるしオーディオも詳しいし絵も描けるし服も縫えるし一眼レフカメラも扱えるしコミケは顔パスたし印刷所とはマブダチ、みたいな勘違いしている人は未だにいるが、中尾くんもそのタイプの人である。詳しい訳あるか阿呆。

ここまで長々と読んでくだすった方ならわかると思うが、中尾くん、馬鹿の極み阿呆で兄貴の秘蔵のビデオがデッキから出てこなくなったとぺそぺそ泣き言を漏らし始めた。
そのビデオは兄貴が父親のTSUTAYAカードを拝借して先輩に借りてもらった物らしく、返却がなんと今日。
TSUTAYAなんて延滞料金が本体と言われる位高い上に、それを勝手に持ち出したとなれば中尾くんは無事ではすまないだろう。

『見てくれるだけでいい、ちょっと見ろよ、そしたらなんか分かるかもしんねぇじゃん』
なんも分かる訳ねぇだろ、とは思ったものの殆ど泣き出しそうに懇願されては無下には出来ず、あーだのうーだのお茶を濁していたらMr.オクレこと我が家の父がブンブン車で登場である。

半泣きの男子中学生片手にぶら下げた我が子をカーライトが照らしたのを見て、ギョッとしてバックしそうになった父の車を体当たりで止める。

喧嘩とかあれ、お父さんそういうのあんまり得意じゃないからお母さん呼んでこようかと斜め上の事をぼそぼそ言う父親に

『あんさ、視聴覚室のビデオデッキからビデオが出てこんなったんて』

と言うと、途端にニコニコし始めて『こう寒いとな、固まってんのか。市立のガッコの機械は古そうね』と助手席の引き出しから手慣れた手つきでドライバセットを取り出し『そうなら行こう、どこどこ』と温泉でも行くような足つきで歩き始めた。

そこからは早く、物の10分15分でビデオ(永◯愛だった)は取り出され、中尾くんはその場で安堵のあまり崩れ落ち、父は『バラさんでよかったな』と些か不服そうな声を出し、当方は『これ先生に見られたらどうなるんだろう、あ、父さん土足で入ってる』と思った。


それからビデオデッキがゆっくりと日常から失われるまで、男子中高校生の間で【ビデオデッキの神様】として父が有名になる事を、その時当方は知る由もない。

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