日記 9/04 発情期

 秋から冬に私は発情期を迎える。最近なんだか涼しくなってきたし、女、欲しいな。こんな調子で見境がなくなる。女のnote記事にスキをするとき、心がいつも勃起している。ほかの男どもはどんな女のnote記事で勃起してるのカナ~? と、男フォロワーのプロフィール欄に飛ぶ。するとスキを隠している輩が複数人見つかる。まったく、同じ日本の男として情けないったらありゃしない。こそこそ隠すな。堂々とお前の勃起を見せてみろ。そう叫びたくなる。俺の勃起を見てみろ。どこに出しても恥ずかしくないスキ欄だ。

 マッチングアプリとか始めようかなと思った。しかしおととしの発情期のときに、マッチングアプリで痛い目を見てからは、もう金輪際こんなもんに頼らんと己に誓ったのだった。そうして頼らずに一年二年、女とはまったく縁のない暮らしで、今や生きる意味を見失っている。やむなく手当たり次第に本を読もうと、学生時代に挫折した「源氏物語」を紐解けば、なんだか読んでいるだけでむらむらしてきて、畜生、発情期が来てしまった。かくなる上はと女のnote記事にスキを乱打して、ほとぼりをさましているわけである。

 マッチングアプリほどこの世に面倒なものもまたとない。男側はとりあえず課金せねば機能を全く使えない。金を払って、何度もフラれながら、疲労困憊のさなか誰かとマッチングする。

はじめまして。昨夜と申します! マッチングありがとうございます! よろしくお願いします!

 そんな文章を送る。しばらくして女のほうから返信が来る。

よろしくお願いします

 会話はそこで止まる。ここからは男側がなんか話題を拠出しなければならぬ。女はきまってなかなか話を振ってこない。とりあえず趣味の話をする。好きな食べ物の話をする。よくいくお店の話をする。休みの日の過ごし方の話をする。よく見るyoutubeチャンネルの話をする。仕事の話をする。まるでインタビューでもしているみたいな一問一答を経て、どうにかこうにかやりとりを続ける。

わたし○○(任意の男性芸能人)が好きなんですよ~

 誰だそいつ。知らない。調べる。wikiをざっと確認してとりあえず共通点を増やしておこうと思って同意する。

ぼくも好きです! ○○(任意の映画・ドラマ)で主人公やってたのかっこよかったですよね

 当の芸能人も映画ドラマもほんとうは知らない。嘘八百で塗り固める。長い長い質疑応答の果てにようやく女から話を振ってくるようになるわけだ。相手のペースに合わせる。知らない人を私も好きだと言い、知らない本を私も読んだと言い、知らない店を私も行ったことがあると言う。この相手はいったい誰とやり取りしているのだろうと思うことがある。少なくとも、本当の私ではない。しかし本当の私など必要ないのだった。マッチングアプリでの文面上のやりとりはすべて、私は怪しいものじゃないですよと女側に手を変え品を変え主張するものでしかない。ここでまかり間違って自我を出したらえらいことだ。

ぼくはよくプリキュアを観ます! そうだ、こんど一緒にわんだふるプリキュアの映画に行きませんか!? 

 なんて送信した日には、問答無用でブロックされる。息を潜める時間が続く。そうして、ようやく会う段になる。この日のこの時間はどうですか? 私が訊く。女は否む。またこちらの質問ターンだ。どの日時ならいいんだてめぇから提案してくれよ、と送りたくなるくらいの試行錯誤の末に、

この日のこの時間はどうですか? 

それなら大丈夫です!

 精も根も尽き果てながら会う約束を取り付ける。
 マッチングアプリをやっている女は時計が読めないので、一回目に会うときには必ず遅刻してくる。てめぇがいいって言った日時だろうが! と胸倉掴みたくなるのをこらえて、「全然待ってませんよ」と私は笑顔で接する。初めての対面、うお、加工が凄いな。それで食ってけるよ。映画か食事か、約束通りの場所に行って、金を出すだけまた出して、解散。これを数度繰り返す。遅刻時間が短くなってきたらいいころあいだ。付き合いませんか、付き合いましょう。そこからが本番である。こいつあれでまだ猫をかぶってたんだぁ……となる瞬間を何度も味わいながら、最終的にはこちらが音を上げる。グッバイ、僕の運命の人はキミじゃない。ただただ、金と時間をドブに捨てる徒労である。

 かような経緯で、マッチングアプリとはこの世の悪徳の総本山、運営会社に勤めている人間みなに身内の不幸が降りかかればいいと私は思っている。

 金と時間は、自分に使おう。無理して心身を疲弊させるのも馬鹿らしい。そう考えを改めて今年、九月。忌々しい発情期が来てしまった。発情期になると攻撃的になる。世の中すべてが憎くなる。あらゆる種類の幸せが憎い。俺を差し置いてみんなよろしくやってるんだろう? 俺も混ぜろよ。混ぜてください。お金なら出すので。
 ほんとうはこんなんじゃないのにね、私は。ほんとうは誠実で寛容で気高くてやさしい魂の持ち主なのにね。わかってくれよ、わかってくれるだろう? こんな文章書きたくないんだ。でも勃起が止まらないんだ。私は、万が一リアルの知り合いに読まれても構わない文章を心がけて書いている。しかし、それが、どうだ。こんなもの、知り合いに読ませられやしない。まかり間違って読まれたとあっては狂う。それが親だとかなら自殺が検討される。読まないでくれ、見ないでくれ、ああ、指がまた勝手に女のnoteにスキを押す。許してください、許してください。寂しいだけなんです。寂しいだけなんです。恵まれない貧しい私に愛を。愛を。

 日記。シコった。気持ちが落ち着いた。
 人みな誰もが幸せになれる社会を設計していかなければいけないと思う。カントとか読もうかな。

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