引用

 伽倻子は首を振りつづけた。
「言えないわ。このまま別れて」
「誰も別れようなんて言っていやしない。君が言っているだけなんだ。おれ達はやり直ししないと駄目だってことくらいわかるだろう。おれのためにも言ってくれないか、何を――」
「言えないわ。軽蔑されて別れるのはつらいのよ。信じて。どんなことがあっても私がサンジュニを愛していたってことだけは本当なのよ。それだけは信じてね」
 伽倻子ははげしく嗚咽しはじめた。なぜだろう、伽倻子が泣くといつも相俊は悲しくなってしまうのだ。それは伽倻子の哭く声というより荒野で泣いている幼女の泣き声にきこえてくるのだ。
「言うべきだよ。それが……」と言って上になったまま、相俊は声をつまらせた。それが人間の、と言いかけている。しかし、人間の何なのだろう。そんな勿体ぶったものなんか人間にありゃしないじゃないか。どこかではげしくこわれていく音がするようだった。

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