映画『すずめの戸締り』感想

全体として一言で感想を表すと、「とてもよかった」。
本当にこれに尽きる。
丁寧に透明感をもって描かれる世界に惹き込まれた。
醜悪な存在までも繊細に、美しいと思えるほどに描いてしまう。
鑑賞後もぼんやりとした感覚がずっと残って、ため息をつきながら帰路についた。

ここからは、内容に触れながら感じたことを書いていく。 






冒頭、ミミズが出現するシーン。
背筋がぞわりとする感覚に襲われた。
公式にも注意喚起があったように、震災を想起させるいくつもの描写は、忘れられないあの日の記憶を、現実味を伴って鮮明に蘇らせた。

わたし自身、3.11を体験した1人である。
「被災者」という呼び方をされるほどではない。
それでも、震度5強の揺れ、地域の家屋の損壊、地盤沈下や液状化、しばらくは混乱した中で過ごしたこと、これらは忘れようにも忘れられない光景として記憶している。

「すずめのお母さんを知りませんか」
「家がなくなってしまって、すずめがどこにいるかわからなくて、お母さんもすずめを探していると思うんです」

この台詞、この言葉。
あのとき、何人の子どもが同じことを思ったのだろう。
何人の人が家族を探し、見つからないまま、きっともう……でも、もしかしたら。そう思ったのだろう。
映画はフィクションだ。
けれど、現実はどこまでも現実だ。
この言葉はフィクションなんかじゃない、あの日、本当に起きたことなのだ。
そう思えてならなかった。

ここからは、映画の内容について、もう少し深く考えたことを書き連ねてみようと思う。

冒頭、すずめは意図せずして扉を開いてしまう。
扉を開くだけではなく、近くにあってミミズを封印していた「要石」を抜いてしまうのだ。
映画の随所で明かされることだが、要石とは時間をかけて神となった存在を宿した石であるらしい。
少しずつ凍りついて、声もきこえず姿も見えない暗闇にあって、自分すら見失って神となったヒトの行き着く先。
東と西とで、ミミズを封じている要の神々。

要石となっていた猫はダイジンと呼ばれるようになるわけだが、白猫のダイジンと黒猫のサダイジンが登場する。
右大臣と左大臣とでは左大臣のほうが位は上だ。
左大臣である黒猫は東京でミミズの頭を押さえていた。
猫の姿の違いや、封印していた箇所が頭か尾かという点で、神格の違いを表現していたのだろう。
白猫のダイジンは、すずめに対して、出会ったときには「すずめ、好き」と告げている。
終盤では「すずめの子になれなかった」と言っている。
封印を解いたすずめが「うちの子になる?」と発言していたため、言霊となって神に力を与えてしまったのかもしれない。
すずめに「大嫌い!」と言われたダイジンが、たちまち痩せた姿になってしまったことからも、すずめの言葉がダイジンに与えた影響がうかがえる。

物語の途中まで、ダイジンは「扉を開けて回る存在」であり「倒さなければならない敵」のように描かれていた。
実際には、次に扉が開く場所を教えて回っていたようであり、要石であるダイジンたちではなく、人間の手で扉を締めてふたたび封印するように導く存在に変わっていく。

ここで、すずめにとっての「戸締り」とは何だったのだろうか、と考えてみた。

12年前、3.11の後に開けてしまった後戸。
いなくなってしまった母親を探すうちに扉を開いて迷い込んでしまった常世。
「本当は気付いていた」からこそ、死に限りなく近くなった幼いすずめは、扉の向こう――常世へと足を踏み入れてしまったのだろう。
母との邂逅だと思っていた記憶は、成長した自身との出会いだった。
「常世にはすべての時間がある」。
すずめ自身の中で過去と未来が円環のようにつながったのか、気持ちの整理をする過程を描き出した心象風景なのか。
いずれにせよ、災害や亡くなった母親への思いと向き合い、受け容れて立ち上がるすずめの姿が描かれている。

最後に、登場人物たちの名前について。
草太の苗字は宗像で、すずめの苗字は岩戸である。
宗像大社といえば、天照大神が産んだ三女神を祀る社として知られている。
岩戸といえば、天照大神が籠った天岩戸を連想するだろう。

すずめは、12年前の震災を受けて後戸を開けてしまった。
それとは対照的に、心はずっと閉ざされたままだった。
草太に出会って、凍りついたままの心を開き、夜だった常世は光を取り戻した。
そして、過去と向き合ったすずめは、事実を受け容れて扉を締め、「行ってきます」と未来へと足を踏み出した。

「光の中で大人になる」と、劇中ですずめは言う。
震災で心を閉ざしてからずっと夜を生きているすべての人に、いつか夜は明けると、小さいけれど確かな声で呼びかけたのだろうか。

観終わったままの気持ちで書いたので、言葉が整わない部分も多かったかと思います。
とりあえず、もう1回観にいきたいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?