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世界だけ

(a.)
夜風の色は深い、深い藍色をしている。それがきっと夜の色なのだと幼いわたしは知らなかった。ナイトモードの液晶では、白い文字が浮き上がって現実から乖離してゆくよう。言葉はいつも羽根よりも軽く、月の光が対流する大気へ溶けている。遠くの国道。ハイウェイの灯り。わたしの世界の外から響く音たち。

(b.)
草木も眠るうちに身じろぎをするのだろうか。風、風、藍色の、夜の色をした、やわらかな、やや冷気をまとった、風。WiーFiアイコンの不安定さは、そのままわたしの心象風景を象徴しているようだった。(心象風景、なんて、うつくしいものばかりだと信じていたかった。)雨音、が、意識をたたく。

(c.)
眠れないことが祈りだと、いつから信じていたかったのだろう。深夜に歌をうたうことがゆるやかな自傷だとわかっていた。わたし、ね、ここにいられることが。(真実だと思っていたかった。)(もしかしたら、それは真実なのかもしれなかった。)雨になりたいと願った。あなたと呼吸を共にして、最後まで。

(c'.)
ハンドルで刻む祈りはさくらんぼおまえの世界だけを奏でて

(d.)
どうか、どうか赦してはいただけませんか。何を かも、誰に かもわからない、この罪の名前を?戴いてはくれませんか。この夜だけが世界のすべてだと!わたしの意識は未だ揺籃の雛鳥、思考する葦にもなれない浮草は酸素を求めて根を伸ばす。どうか、意味はあるのだと言ってください。どうか。どうか。

(e.)
夜はきっと人を狂わせる。わたしのように。夜はきっとあなたを隠す。決して見てはいけなかったのに。
見せてはいけなかったのに。この傷跡は。

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