浮遊病

切れかけの電球が吐息を落とした
飲みさしたカップの水滴は2時間も前に乾いて
向こう側を歪めている
濡れた髪を放置した熱帯夜
熱に浮かされたまま泳ぐ
水槽の隅は澱み
酸素に喘ぐ声帯は沈黙する

瓶詰めの眼球がまたたいた
じきに聖夜だと呟く夜更け
剥がれたネイルが不健康につま先を彩り
刻んだ赤を隠そうとする臆病なたましい
煙は窓際に流れた
ライターの石は空回りをして摩擦を散らす
褪せた木目に指を這わせて行先は見えない
線香花火とともに死んだのは他でもない
未練とか後悔とか心残りとかいう
腐りかけの祈りに似た定型

肌が白く見えるのは
流れる血液が青色をしているからであって
うつくしい歌声も可憐な容姿も
やがては消えるうたかたの底
十字架を掲げた丘のかなたに
登る足跡が点在する
踏めば崩れる塵の社に
巡礼者だけが気付いている
螺子を外したオルゴール
とまらない虚構に思考を映す
絡んだコードの延線
強すぎる香水のかおり
耳にまぶたがないのなら
氷の指先で永遠にとざして
夏の夜にとらわれた夢

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