タイムマシンがあったなら #woofer887
だいぶnote更新してなくてすみませんでした。筆不精。
なんか矢花先生がさ、ブログ書いてくれたら読むって言うから久しぶりに書こうかなっていう気になった。まあほぼ無題、のような気はするんだけど、タグつけてブログ書いてよって言われたし今回のタイトルはこれにする。
もし、自分の人生にキューをつけておいて
そこに「戻る」ことが出来たなら
幸せなのか?
2021/5/13(水)更新、異担侍日報~侍ふ。~ 矢花黎くん担当ブログ vol.004 から。
彼のブログ、ぜひ読んでいただきたいのでリンクを貼ります。というか、侍のブログまじでめちゃくちゃ面白いからぜひ読んでほしい。本髙さんとか一生飯の話しかしてないし琳寧は永遠に国王ブームだし大光は毎回謎画像添付してくるし全然意味わかんなくて好きすぎる。オタクの理解が及ばない領域で好き勝手書いてる感じが本当に好きです。7 MEN 侍のブログはジャニーズタレントのブログっていうより普通にお気に入りのブロガーが定期更新してる、みたいな感覚。勝手に全員オモコロライターだと思って読んでる節がある。あなたたちの言葉を待ってた。ブログ開設おめでとう。
で、本題。
今回のブログのテーマはざっくり「過去に戻るか戻らないか」みたいな感じでしたね。
ブログにもあったけど、やっぱり戻りたい戻りたくない、みたいな話が出てる時点で空想として抱いているわけで。時間遡行。戻りたいからねどうせ、人生後悔ばっかだし。戻りたい過去はいっぱいあります。今だって単位落としそうでシンプルに半年前に戻れないかなって思うもん。そこはまあ頑張れって話ですけど。あの時ああしておけば、なんていう空想は尽きません。人生につまずく度に考えてしまう。逆に戻りたい!って思ったことない人いる?というレベルで普遍的な問いだと思う。
じゃあもし本当に戻れるとしたら?過去に戻ることの出来るテクノロジーが現代にあったら過去へ戻るという選択をするか?
前提として、現在までの記憶が保持されるのか、されないのかによって選択が変わってくると思う。
過去に戻る選択をしたと同時に記憶ごと消えてその日に戻るとしたら、きっとわたしはまた今の自分と同じ選択をしてしまうと思う。それじゃせっかく過去に戻った意味がない。逆にこの条件で戻ろうとする人いる?めちゃくちゃ燃費悪いよこれ。自分で言いだして自分で突っ込んでしまった。これは単純にナシ。
じゃあこれまでの記憶があったら?そりゃイージーモードですよね、ほぼ正解が分かってるんだから。たぶん人間は都合の良いこれを求めてるんだと思う。実際ファンタジーにありがちなのも記憶が引き継がれるタイプだし。けれど、そこで別の選択をしたと同時に、過去に戻る選択をした今のわたしの存在は消えてしまうことになる。おそらく。ifの世界線が現実になったら、現実がifになるわけですよね、難しい話だけど。記憶はあるのに現実じゃない。空間に対するねじれってどう処理するんだろう?今の技術じゃそれを正せないから過去には戻れないんだろうね。
人間どうしても不可能なことに対しての憧れを抱き続けてしまうので、空を飛べるようになるまで鳥人間コンテストは開催されるし瞬間移動できるまでリニアモーターカーは速くなり続けるし、同じようにタイムマシンの開発は終わらないと思う。22世紀になってもドラえもんは夢のロボットであり続ける、かも。
まあ結論から言えば、シンプルに戻れちゃったらつまんないと思う。人生にスリルがなくなっちゃう。人間のマップってセーブポイントがないから面白いのに。一歩間違えたら終わりになっちゃうかもしれないのが人生っていうRPGだよね。こっわ。
テクノロジーうんぬんっていうより最終的には自分の気持ち次第って訳ですよね、何事も。
キュー(QUE)っていうのはDJがディスクに付ける目印のようなもので、めちゃくちゃ重要なやつ、らしい。矢花先生が教えてくれた。
もし仮に自分の人生にキューをつけられたとして、過去に戻るのが「幸せ」か否か、と聞かれたら決してそうではないんじゃないのかな、とわたしは思う。
「幸せ」の定義は人それぞれだから、完璧主義者は過去に戻ってカンペキに修正していくことが「幸せ」かもしれない。けれどわたしは、過去に針をもどしてもそこに自分の「幸せ」はないんじゃないかと思っている。
「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である。」
by チャールズ・チャップリン
後悔も未練も戻りたい過去も、喜劇の一部だと思ったら戻ってわざわざつまらない平坦なシナリオにしなくたっていいよね。逆にキューをつけたのが良かった思い出だとしても、人生においてなるべく行動のリピートはない方がいいのかも。だってここに記憶はあるし!
そんな訳で長くなってしまったけど、「戻りたくても戻らない」がわたしの回答です。矢花先生見てる~?
PENGUIN RESEARCH / 千載一遇きたりて好機
わたしの推しバンド。「負けがいのある人生を唄うバンド」。矢花先生ぜひ聴いてくれますか、もう知ってるかもだけど。ベースkemuさんだよ。
例えば今 五年前に 又は十年前に戻ったって
僕はどうせ此処に辿り着いて ほらねと思うだけ
別の世界に僕が居て そこで綺麗に夢叶えていて
今しれっと入れ替わりたいかって 一度は思うだろ
どうせ思うだけでやんないさ どうせ僕の僕はこの僕だ
そしてやっと やっと やっと やっと行き着いた今日が勿体無いよな
過去に戻りたいとか人生が嫌になったとかそういうのを真剣に考えたときに聴きたくなるこのバンド。今のあなたでいいんだよって、背中を押してくれる。基本全部の曲においてそうなんだけど、これが一番今回の問いに対してのアンサーとしてしっくりきたのでお時間ありましたらぜひ聞いてみてください。
どれが正解かなんて分からない。他人には他人の、自分には自分の人生と選択と、正解がある。
でもやっぱりわたしは、もし仮に何かのチャンスが舞い降りて過去に戻れたとしても「ここでチートしちゃうのなんかもったいないなあ」って、過去に戻らない分岐選択をすると思う。わたしがここまでせっかく生きて組み立ててきたシナリオをここで白紙に戻しちゃうのもなあ、って感じ。大丈夫、セーブしなくたって壊れやしないよ。案外頑丈に出来てるからね、人間のメモリって笑。わたしの人生全うしてやろうじゃねーの。
A. キューをつけて戻っても、少なくともわたしは幸せにはなれないかな。
おしまい。
P.S.
ぶっちゃけてしまえばもっとはやく、あなたたちに出会いたかったな、なーんてね。