サークルが無理な話。

※この記事は多大なる偏見とdisりが含まれていますので閲覧の際は「全て自己責任」でお願いします。※

そもそも私は「広く浅く」という人間関係が嫌いである。多くの場合、なんらかの組織に所属してそこで出会った人間と出会い、仕方なく関係が続いた結果、切りたくても切れないみたいな状況に陥ってしまったのだと思う。だが安心してほしい。

切りたくても切れないと思っているの

は相手だって同じですよ^ ^

こんな話がサークルとどう関係してくるのかというと、サークルという組織はまさに「広く浅く」を体現している組織だからである。

1.なんでみんなサークル入るのかな

 サークルを半年続けて辞めた私は、辞めた後そんなことを考え続けていた。スポーツ関連のサークルにしろ、文化系のサークルにしろ、そのコンテンツが本当に好きでサークルをやっている学生など片手で数えられる程度だろうと私は思った。本気でやりたいなら部活に入るか、同等の志を抱くものとだけで活動した方が遥かに合理的だし、余計な人間と関わって人生の無駄な時間を過ごす必要もなくなるのに。なんて考えて得た答えがこれだった。

「自分の生活をより良く見せるために入るのでは?」

要するに自己顕示欲を出しやすくするためのツールとして最適と判断されているのだ。今のご時世、SNSを通じて自分の生活の一部を拡散して知らせることなど容易にできる。イン○タでの「映え」を意識した人間はサークルに入れば無条件でそれが手に入るため、理由はなくても入っておけば自分の生活を豊かに見せることができる。休日に会って遊ぶこともないような人間を周りにうろつかせて適当に写真を撮れば、私は人間関係が充実していますよ、大学生活楽しんでますよ、と簡単に発信できる。そこにはサークル活動を通して充実したキャンパスライフ〜などと言っていた人間の姿は見当たらない。サークルに所属している「人間」目当てに学生はサークルに入るのだから。あわよくばも狙っているに違いない。浅ましい限りである。

2.よく考えるとサークルの雰囲気苦手だった

 広く浅いサークルの人間関係は、私にとって不気味の一言であった。入学当初は多くの人間が期待に胸を膨らませ、ありもしない希望を抱きがちなのでそれに気づかないし、勢いのまま過ごすことでわからなくなるのだと思う。私が何を不気味と感じたのかをこれから話していこうと思う。

 例えば、学校に入学してすぐ、まだ友達も誰もいない頃、多くの人間は友達を作ろうと躍起になる。その際、全員が無意識に行うこととして、自分の素性を隠すということが挙げられる。まだあの子とは親しくもなってないし、いきなりいじるのはやめよう、本当は嫌だけど、断ったら嫌われるかも、そんな相手に対する気遣いが自分を殺し、入学当初はやたら全員不自然なほどに優しくなる。しかしこの状況は、時期が経つにつれ変化する。生活に慣れてくると、全員が少しずついい子ちゃんの仮面を外し、自分自身をさらけ出していく。初めの頃はみんな戸惑うことが多いけれど、次第にそれを人は「個性」とみなし、受け入れる。真に友情が築かれているからこそこうなるのだと思う。
 
 しかしサークルはどうか。恐らくこうはならない。いつまで経ってもみんながいい子ちゃんなのだ。私にはそれが不気味で仕方なかったのだ。半年も経っているというのに、不自然なほどに気を遣われたり、気味が悪いほどお人好しなところが不愉快とすら思えた。性格と言ってしまえばそれまでだが、サークルに所属する全員がこんな性格だとしたらなおさら気味が悪い。ただの宗教団体である。

 こんないい子ちゃんしかいないところで1人がその仮面を外すとどうなるか、そんなもの想像に難くない。いい子ちゃんは(周りにとって都合の)いいことしか言えないので、誰かをいじってみようものなら

「私、そういうのは良くないと思う。」
「いくらなんでもそれはひどいかな。」

と綺麗事ばかり。冗談を冗談で受け取ることができないのだ。自分だって本性出せばそれができるの、何故かしない、できない。だって広くて浅い関係じゃ、自分が本性だしたら嫌われるかもしれないから。私はそんな、仲良くなりたいのになり切れないことがもどかしく、結果自分も彼らと接するのは時間の無駄とし、サークルを抜けることとなる。

3.そもそも学生だけで運営してる組織って

 顧問も大人も関与しておらず、ほとんどを学生だけで運営している組織など脆弱という他ない。自由に、気軽に、楽しくアットホーム、etc物はいいようとはまさにこのことで、学生本人に管理、監督能力がないから結果的にそうなってしまっているだけなのだ。ようするに、無秩序を言い換えているだけに過ぎない。無秩序なのだから自由に決まってる(もっとも、秩序なき下での自由など自由とは呼べないとは思うが)。無秩序だから気軽に決まってる。しかしそんな無法地帯に加入する者が幸い理性を持った人間だから、特に何も起こらず済んでいるだけなのだ。

4.とはいえ

それでもサークルに加入することで自分の生活が豊かになった者もいれば、加入以前より楽しい暮らしを送れているものもいるため、一概に私がこうだ、とも言い切れない。ここまで散々言ってきたけれど、気分を害してしまった方には大変申し訳ないと思っている。経験則でしか物を語れないため多めに見てほしい。
現在もサークル活動に勤しんでいる人たちはこれからも楽しく活動すればいいし、逆に辞めたいと考えている人たちはいっそのことやめるべきである。私は向いてないと気づくのに半年かかってしまったけれど。




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