オラクルのジレンマ

 西暦2224年、人類は未来予測技術という目覚ましい偉業を成し遂げた。

 量子力学と複雑系理論を融合させた「予測確率理論」は、膨大な可能性の網を分析し、未来の確率を計算することで、何が起こり得るかを垣間見せてくれる。しかし、この技術はあくまでも統計的手法であり、個々人の行動によってその予測は左右されるというジレンマを抱えていた。

 アーリアは、政府公認のオラクル(神託)として、未来予測の重責を担っていた。 彼女の任務は、政府から割り当てられた案件を分析し、確率を綿密に計算して、その結果を当局に報告すること。これらの予測は、災害対策、経済政策、そして統治の様々な側面における重要な決定を形作るのに役立っていた。

 ある日、アーリアの予測は国家規模の壊滅的な災害を予言し、社会を震撼させる。 予測されたのは、マグニチュード8.5の巨大地震で、活発な首都圏の地下を震源地とするものだった。発生時刻は2324年12月25日午前10時ちょうど。

 政府は迅速に行動し、広範囲にわたる災害軽減計画を実行に移す。 避難経路の整備、緊急物資の備蓄、インフラの強化など、徹底的な対策がとられた。
 しかし、人々の間に恐怖が蔓延し、思慮に欠けた行動が引き起こされる。交通事故、火災、さらには絶望的な行為までが相次ぎ、二次災害の連鎖反応が発生してしまう。

 予測が現実を呼び寄せてしまったという自己成就予言に苦悩するアーリア。 導きを守護することを意図した彼女の予測が、皮肉にも災いを招いてしまったのだ。
 責任の重圧に押しつぶされそうになりながらも、彼女は諦めずに立ち上がる。

 オラクルとしての使命を果たしながら、恐怖に駆られた人々の行動から社会を守ることを決意するアーリア。
 彼女は、確率に基づいた正確な予測を提供し続け、人々に知識を与え、予測の支配に屈しないよう訴える。
 未来には潜在的な脅威があるかもしれないが、それは定められた運命ではなく、人間の選択によって形作られる流動的なキャンバスであるというメッセージを力強く発信する。

 そして、運命の12月25日が訪れる。大地が激しく揺れ、建物が倒壊し、街が壊滅的な被害を受ける。
 しかし、事前にとられた対策のおかげで、被害は当初予想されていたよりもはるかに軽微だった。多くの命が救われ、街は復興へと歩み始める。

 破滅は回避されたものの、予言とその結果が残した傷跡は深い。アーリアは、自己成就予言の恐ろしさと、未来確率と人間の行動の複雑な関係性と向き合い続ける。
 希望の灯台となり、未来を運命としてではなく、より良い未来を創造するためのチャンスとして捉えるよう訴え続ける彼女の姿は、多くの人々に勇気を与える。

(了)