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平沢進『回路OFF回路ON』の新解釈~サビのエグイ多重対照構造~

この記事では、平沢進の「回路off 回路on」という楽曲を、いちリスナーが、新しい視点で解釈していきます。色々な用語の説明をしていたら、少々長くなりましたが、読んでいただければ幸いです。

この曲を解釈するにあたり、2022年のINTERACTIVE LIVE SHOW「ZCON」とも関連性がありましたので、言及します。お楽しみください。

この記事を読む際の注意

①この考察は、GN(ファンクラブ)に加入していない者が書いた考察です。あまり詰められていない点も多いですが、ご了承下さい。

②このnoteは「解説」ではなく「解釈」で、考察の域を出ません。あくまで個人の解釈として受け取ってください。ただしリアクションは大歓迎でございます。一緒に考察を楽しみましょう。

③著作権の関係から、歌詞は全て「引用」の形態を取らせていただきます。そのため、歌詞全文は検索等を行ってください。


従来の考察と異なる点

noteにしているということは、過去の考察・解釈とは違うことを書きたかった。同じものを書いたって仕方がないのです。

つまり、この記事の「新しさ」がどこにあるか、という話です。

それは「対照性への注目」です。これがこの記事の新しさです。しかも、サビは1文1文が対照であり、さらにサビの前半部と後半部も対照という、多重対照構造を持っています。

「対照」とは、コントラストと言い換えられます。異なるものを並べて、それを比べたときに、違いが際立つことです。平沢進が世の中を観察し、何を「よし」とするのかについて、対照という技で表現をしたのが、この曲だと考えられます。

この記事で明らかにしていくのは、以下の3点です。

①歌詞に登場する金融用語の意味

②「回路」の意味

③サビの対照性

これらはおそらく、従来の考察に無い/含まれない要素です。新しい視点で解釈を進めていきたいと思います。

長い文章を読むのが苦手な方は、③の部分だけでも読んでいってください。

まず前置きしておきますけれども、そう簡単に言語化できるものなら音楽にしない、ということですね。言語化が容易でないから、音楽という伝達手段を使っているんだと、いうことをまず知っておいてください。

平沢進BSP(回=回)より 



1.金融用語の意味~ZCONから解釈する~


冒頭の歌詞から見ていきましょう。

ジャンキーから神へのロープウェイは火だるまで
シャンバラの峠はデリバティブ行き

金融用語「デリバティブ」について解説します。

デリバティブ取引とは、ハイリスクを覚悟で高い収益を出そうとする投資(先物取引)の1つの手法です。現在は、さまざまな取引方法が用意されています。

また「シャンバラ」という言葉には、理想郷という意味があります。

この歌詞を解釈するためには、平沢進がライブ後に行うYouTubeライブ配信「Back Space Pass(以下、BSP)」での発言を取り上げる必要があります。
ライブ「回=回」後のBSPで、平沢はこのように言っています。

人が誠実であるための条件みたいなものが不幸なんですよ

人が不幸な状態にある現実を、「誠実」という言葉で覆い隠している、ということでしょう。

「仕事に対して誠実」と言われる人は、自分がボロボロになってもその仕事を辞めたりしません。しかし、そうして身を粉にして成し遂げた仕事で出た利益の多くは、自分をそうした労働環境に置いている人間の下に入っていきます。

また、Twitterでは、次のようにも言っています。

つまり、冒頭の歌詞は次のように解釈できます。

私たちが、誠実な人、よき市民として存在していることは、自分を不幸に、あるいはボロボロにするというリスクの上になりたっている。そう生きることにリターン(利益)があると教えられてきた。そのように生きることこそが、理想の状態であるとされてきた。


次の歌詞に行きましょう。

ヒューマンの原理はファンドの不燃ごみ
ヒューストンの快挙はクロマキーでOK

ヒューマンの原理は、平沢進がよく言う「人たる所以」のことです。つまり、健全な人間のあるべき状態とでも言いましょうか。

またしても金融用語が出てきました。

ファンドとは、言ってしまえば「カネ」のことです。金融書品を指したりもします。ここから、マネーゲームが示唆されます。社会のあらゆる事象が「経済」「金融」というフィールドに置き換えられ、換金されます。事件が起こった際に株価が変動するのも、そうした現象の一つです。ここも、先ほどの歌詞と同様に、人間の健全な状態はマネーゲーム化されているというイメージが湧いてきます。

「不燃ごみ」も実はキーワードかもしれません。
可燃ごみは、焼却の際に発電(再資源化)されることがあります。リサイクルゴミ等もあります。しかし、最終的に可燃ごみも、不燃ごみにされて埋め立てられます。元々不燃ごみのものは、そのまま埋め立て利用されるわけです。

そういえば、ごみの埋め立てで出来た土地に「夢の島」という場所がありますね。そして平沢は「夢の島思念公園」という歌を作っています。

歌詞の解釈は以下のようになるでしょう。

マネーゲーム、つまり「お金」があらゆる尺度で用いられる世界観の中で、本来的な人間のあるべき姿(=人たる所以/ヒューマンの原理)はボロボロにされていく。その結末では、人間は、何にも役立つことのない「燃えないゴミ」として捨てられていく。


次の歌詞です。

ヒューストンとは、NASAジョンソン宇宙センターがある土地の名前です。ここでの快挙とは、有人宇宙飛行の各種計画を指しているでしょう。クロマキーは、映像合成技術のことです。最も有名なアポロ計画(有人月面着陸計画)は、実は合成した映像なのではないかという疑惑もありますが、そうした文脈で捉えるよりも、別の解釈の方が良いかもしれません。

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合成した映像は、端的にいえば「嘘」です。
アポロ計画のようなアメリカとソ連の宇宙開発競争は、ソ連側が開発したロケット「スプートニクス」の成功により、過熱したものです。その結果、西側東側の両国において、理数系の教育をもっと盛んにしなくてはならないという方針が決定されました。日本でもその頃から「詰め込み教育」がなされるようになり、それが1980年代頃に学校荒廃を招いたとして批判されます。

ここで歌詞の解釈をすると、次のようになるでしょう。

身を粉にして働かなければならない。私たちは、苦労することが「誠実」であると教えられてきた。この仕組みは、嘘の情報から始めることができる。私たちが現在、常識だと思っている(思わされている)ことは、嘘から作り上げられている可能性がある。

ここまでの歌詞を、平沢進が2022年3月に行うライブ「ZCON」の内容と少し絡めてみましょう。

詳しいストーリーは、↑のリンク先で読んでください。

デリバティブ取引は、現在さまざまな種類が展開され、金融業界は顧客のニーズに合ったものを提供しています。この部分は、「アヨカヨがアンバニのお世話をしている」という表現に繋がりそうです。

自分をボロボロにしてまで仕事をする、やりたくないことをする、そうした態度を「誠実」という言葉で覆い隠し、ボロボロになったあとは、燃えないゴミとして捨てられてしまう。「誠実」になるためには、むしろそのようにボロボロになるということが求められる。こうした現在の状況は、ZCONのストーリーでは次のように表現されています。

アンバニたちはこの世に生を受け、その生命を維持するために自分自身を犠牲にするという反生命的な活動が必須であるということを一つの道理であると教えられました。そしてその苦痛が反生命的であることに気付かせないよう、まるでその苦痛が勤勉という美徳に向けて邁進していることの証であると錯覚させる標語によってその辛い労働は支えられました。その標語とはこうです。
働かざる者食うべからず。


2.「回路」の意味

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端的にいえば、「回路」の意味は次のように解釈できます。

回路とは、「働かざる者食うべからず」という言葉が人間の健全な状態を阻害しているのと同様の社会構造を知覚し、その構造の中で生きることを拒否する、またはその構造から逃れようとする意志をもつ人の認知機能である。

これは、様々なところからヒントを得ました。順を追ってみていきます。

まず、「回路」という言葉から連想される平沢進関係の言葉に「回=回」があります。回=回は、核P-modelの3枚目のアルバム名です。平沢は、このアルバム名について、BSPで以下のように発言をしています。

回=回という表記は、インプットがあってアウトプットがあるということは、その=の以前に何かの処理が施されたという暗示が含まれている訳ですよね。つまり、左の回に何かをした結果、右の回になったということなわけですね。例えば平沢という固有状態において、思考や情報の内部処理などと身体や外界との呼応関係が健全であれば、平沢が何かを施されて平沢になるとは、その途中のプロセスはまた平沢な訳です。

平沢進BSP(回=回追加公演)より

「回」の1文字について、「思考や情報の内部処理」「身体や外界との呼応関係」が内包されていることを説明しています。「回路」が知覚や認知に関わるものであるとの解釈は、ここから来ています。

次に、平沢進の2022年2月17日のTwitterを見てみましょう。

この「何百年ものブランク」が気になります。それは、一瞬にして取り戻されたブランクです。ここにまたもやZCONが絡んできます。

「働かざる者食うべからず」

この言葉の由来を調べてみると、新約聖書にて「まじめに働くことを奨励することば」として登場したことが分かりました。新約聖書が書かれたのは、西暦1年~200年の間とされています。ここから聖書の内容が伝播して、広く人類に伝わるまでの経緯を踏まえれば、「何百年ものブランク」という表現は適切でしょう。

また、ブランクを取り戻す際の分岐というのは、ZCONの中に登場する「社会工学的現実改訂」と、その影響で生じたタイムラインの裂け目を指しているかもしれません。

平沢のツイートは続きます。ハエトリグモの話から、いつまでも家に帰ってこられないお父さんの話をしています。

お父さんをめぐって、対比的な文章が続いています。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

「今そう思っている人たち(=お母さん/本章冒頭のツイートの「人」)が束の間の優越感に浸れる」

「お父さんは超人になったかもしれない」


「お父さんは優れているから帰ってこない」

「むしろ欠陥品だから事実を拒否する論法を組み立てる回路が無いだけかもしれない」


「お父さんは回路OFFだった」

「退社途中でONにできたのだ」

――――――――――――――――――――――――――――――――――

「事実を拒否する論法を組み立てる回路」と、ここで解釈する「回路」は別物だと考えられます。平沢のツイートにおいて、最後のツイートにおける「回路」は「回路OFF 回路ON」と同様のものでしょう。なぜなら、同じ「回路」を指しているのであれば、上に示した対比がいびつになってしまうからです。

回路ONの状態の人間は、「働かざる者食うべからず」的社会構造を知覚することができます。一方、回路OFFの人間は、そうした現実を様々な方法で見ないようにして(あるいは、させられて)います。回路ONの人間は、そうした構造を知覚したうえで「拒否」することができます。回路OFFの人間は、その構造を見ること自体を「拒否」してしまうのです。

こうしたヒントから、「回路」とは、「働かざる者食うべからず」という言葉が人間の健全な状態を阻害しているのと同様の社会構造を知覚し、その構造の中で生きることを拒否する、またはその構造から逃れようとする意志をもつ人の認知機能だと解釈できます。


3.サビの対照性


私が最も書きたかった章にやってきました。
これまでのおさらいをしておきましょう。

<Aメロの歌詞解釈>
 私たちが、誠実な人、よき市民として存在していることは、自分を不幸に、あるいはボロボロにするというリスクの上になりたっている。そう生きることにリターン(利益)があると教えられてきた。そのように生きることこそが、理想の状態であるとされてきた。
 身を粉にして働かなければならない。私たちは、苦労することが「誠実」であると教えられてきた。この仕組みは、嘘の情報から始めることができる。私たちが現在、常識だと思っている(思わされている)ことは、嘘から作り上げられている可能性がある。

<回路の意味>
 回路とは「働かざる者食うべからず」という言葉が人間の健全な状態を阻害しているのと同様の社会構造を知覚し、その構造の中で生きることを拒否する、またはその構造から逃れようとする意志をもつ人の認知機能である。


回路OFF回路ONのサビを見る前に、一般的な「回路」について少しだけ説明をしておきましょう。

回路は、開いているときは、電気が流れていません。閉じている時に電気が流れるものです。

回路図

回路は開いているときには、回路の機能を果たしていません。回路は閉じているときに、その機能を果たすのです。

つまり、回路OFF=回路が開いている、回路ON=回路が閉じている

ということになります。


では歌詞を見てみましょう。対照性を示すために、番号を振っています。

①急げよ類なき回路は今も開く

これは、回路OFFの状態を指しているでしょう。
「類なき回路」とは、さきに解釈した「回路」と同じものを指していますが、この回路は開いているので、機能していません。


②生成消滅の火花を散らして

1つ前の歌詞が回路OFFの状態を示しているとすれば、この歌詞にはマイナスのイメージが付くと考えられます。
「火花を散らす」という歌詞から、「あくせく働く」「理不尽に怒る」という不幸な状態の人間が想起されます。

以前に私が書いた、平沢進の「白虎野」の新解釈の記事にて、「火花」を「思考」と仮定しました。すると、「思考が散る」という解釈もできます。ZCONのストーリーにも、「人間を劣ったままにしておくには、認識、思考、想像力の連結をばらばらに寸断してしまうことです。」とあるので、実はしっくりくる解釈でもあります。


③万事に繋がれたハイウェイで君を見たよ

「繋がる」というワードが出てきました。回路が繋がった状態、すなわち、回路ONの状態を歌っています。

ハイウェイとは、複数の道をつなぐ幹線道路のことです。あらゆる事象について、繋がりを見つけて、考える。これは回路ONの状態で行える思考活動です。平沢の言動からも、このような思考活動は見出せます。

例えば、平沢進のBSP(回=回追加公演)では、
「一度その矛盾に気がつくと、芋づる式に何かおかしいということが分かり始めてくる」と発言しています。

また、平沢進のBSP(24曼荼羅)では、
「あなたの思考に輪郭を与える全ての可能性を否定せず、保留のまま点と点を繋げてください。」とも言っています。


④生成消滅の光の姿で

回路ONの状態のことを「光の姿」と、つまり本来的な人間の姿であることを示しています。


対照性について見ていきます。
この歌には、いたるところに対照構造が組み込まれています。

例えば、タイトルも「回路OFF回路ON」で対照的です。[対照①]

サビの歌詞①②は回路OFFの状態、③④は回路ONの状態を指していました。
タイトルの対照構造に則った形で、サビが作られていました。[対照②]

②では「散らす」となっていたものが、③では「繋がる」となりました。
ここも対照構造です。[対照③]

今回は触れませんでしたが、「危機さえ耽美壮麗」という歌詞も、危機という言葉と、「美を最高位の価値に位置づけること」「厳かで麗しいこと」という意味の「耽美壮麗」が対照的です。[対照④]


なぜ「対照性」を散りばめるのか。
対比構造であったり、対照構造というのは、2つのものを比較することで両者の内容や輪郭をはっきりと表していくための表現技法です。評論文などで多用されます。

平沢進も、回路ONの状態がどのようなものか、そして回路OFFの状態(現状)をハッキリとさせるために、対照構造を用いたのでしょう。
しかし、疑問も残ります。

平沢進は、単純・安易な二項対立的思考を嫌います。つまり「敵/見方」「良い/悪い」といった二項対立です。こうした雑な思考は、多くの重要な要素を見落とします。

ただし、そうした人々の意識について、平沢の考え方は変化しています。
RIDE THE BLUE LIMBOで「誰一人落とすな」と言っていましたが、近年、гипноза (ギプノーザ)という曲では「置き去るだけ」と言っています。このあたりは若干の二項対立的な思考、つまり「置いていく側/置いていかれる側」という意識があるようにも思えます。このあたりは、疑問として残しておきます。


とても長い記事になってしまいました。
最後まで読んでくれた方へ、ありがとうございました。

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