一日一マッチ売りの少女 1・マッチ売りのショーゴ

 マッチは要りませんか? マッチは要りませんか? 
 ここ新宿二丁目ではマッチといえば木の棒ではなく肉の棒、擦って出るのは火ではなくこれ以上は当局による検閲が入るので察してほしい。人間には察する力がある。そこに賭ける。
 ブルースシンガーを目指して上京したはずが、気づけば謎のコント集団「ズババ本舗」の前座コミックバンド「ぼんくらじゃん」でボイスチェンジャーのスイッチを入れたり切ったりしながら女性の陰部の名称を連呼しているうち、ショーゴは三十を迎えていた。

 ストリップ嬢と暮らして二年になるが、ショーゴと嬢の間にはまだ子が無い。この世界で二人連れになった男女では珍しいと言われ続けるが、ショーゴには新しい人間を作る理由が見つからなかった。男の身体なら俺で十分だし、女の身体ならこいつで十分だ。これ以上世の中に新しいものをつくって何になるのだ、と。そんな折だった。

「ねえ、『あなたの子じゃないの』と『私、子どもができたみたい』と、どっちから聞きたい?」

 つまりそういうことだった。どちらも聞かずに、ショーゴは前座をつとめるストリップ劇場に出かけた。女も同じ劇場で出番があった。5分遅れでやってきた。
「ねえ、もし帝王切開とかでお腹に痕なんかついちゃったら、あたしもう、使い物にならなくなっちゃうのかなあ、でも母乳出たら意外と受けたりするのかなあ」
「ねえ、意外と人気出るかも知んないよ? そんな訳ないっか」
独居房とどっこいどっこいの広さの控え室で、右肩に絡まる女の声をタバコの煙でややマイルドにしてから吸い込むと、のどちんこのやや左のほうで電流が走り、ショーゴは咳き込んだ。
「知らない、知らない」そう言ったつもりが、うまく言葉が出なかった。
「おっ、なに今の声、なに、モノマネ? マッチ? マッチのマネ? やってよアレ、黒柳さ〜んって」
支配人が顔を出して来た。
 うるせえ、知るか。ショーゴはぶっきらぼうに立ち上がると、袖でタバコを吹かしていた相方を伴って舞台へ出ていった。マッチの真似をしたら、新鮮だったのか爺どもにはしこたま受けた。

 マッチは要りませんか? マッチは要りませんか?
 目の前の女と、まだ目の前にもいない赤子を食わしていかなければ。各地のものまねスナックを渡り歩いて新たな仕事を求めるショーゴの姿があった。

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