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『虐待児の詩』 親父が逝った

「親父が逝った」


まだ肌寒い 早春の朝
精神科の隔離病棟から 親父の死亡を知らせる連絡があった

抜けられない仕事を終えて 病院の安置室に入ると
そこには親父の抜け殻が横たわっていた

「やっと逝ってくれた」
それが 正直な気持ちだった

「流石に逝ったら 少しは感傷的な気持ちになるかも知れない」
来る道すがら ふとそんなことも考えてはいたが
感傷的になどなるはずもなかった

逝ったところで その抜け殻が加害者であることに変わりなく

「死んでくれたら許せて 少しは気持ちが楽になるかも知れない」
そんな考えは空想でしかなかったことを 思い知る

結果 今でもまだ許せずにいる

親父は 物心つくかつかないかという頃から
筆舌には尽くせない体験をかいくぐって生き延びてきた

第三者的な視点で見れば 同情し憐れむこともできるが・・

俺にとって奴は どこまで行っても加害者のひとりでしかないのだ

「葬式なんかに無駄な金は使わんでくれ」
生前の まだ親父がマトモな時に耳にタコができるくらい言われていたことだ

遺言として それには従うことにした

流石にお袋も 親父の死に顔くらい見たいかと思ったし
せめて最後に 一度 家に連れて帰ってやろうかと
お袋に電話した

「もう 連れて帰らなくていいから そっちで なんとかして・・」

「あっそ」
返す言葉も出なかった

親父もオヤジなら お袋もオフクロだ
姉に伝えると話がややこしくなるのは分かっていたので
そのまま 独りで処理することにした

病院に紹介された葬儀社から連絡があった

いろいろ説明を受けたが 焼くだけでいいということを伝えると
棺に入れる花の話を始めたので

「焼くだけでいいです」
そう話を遮った

葬儀社的には 流石にそれは無いと思ったのか
「お花は こちらでサービスさせて頂きます」
と言ってくれた

俺的には
「なんで加害者に花なんか手向けなきゃなんねぇんだ」
と思っていたが 好意として受け取ることにした

明くる朝 焼き場へと向かう前に
最後の対面とばかり 棺の置いてある部屋へ通された

別に見たくも無かったが 棺から顔が見えると
「コイツの人生って なんだったんだろう
 棺の周りに誰ひとり 家族すらいないなんて・・」

なんだか哀れに思えて
棺に横たわる 親父の鼻先をピンと弾いた

すると 隣で鼻水を啜る音が聞こえてきた
音のする方を見ると
葬儀社のまだ若い新人くんが
なにを勘違いしたのか
親父の鼻を弾いた行為が胸に響いた様子で
泣き顔になっていた

俺はというと その新人君の
人を思いやる温かい心に絆されて
思わず貰い涙しそうになった

鼻はグスッとなったが
「決して親父の死に涙しそうになったわけじゃない
 新人君 君の思いに感動したんだよ」
心の中でそう呟いた

火葬が終わったことを告げに来た
「お骨を拾いに・・」
というのを遮って
「墓は無いので そちらで処分してください」

そう言って 帰ってきた

結局 側からは家族に見えるように装ってはいたけど
みんなバラバラ

「やっぱり 家族じゃ無かったんだな」

そう 胸の奥でつぶやいて そっとため息を吐いた




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