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北海道のむかし話25 馬頭観音坂のふしぎ

馬頭観音坂のふしぎ―芦別市ー


星の降る里

パンケに住んでいる清水さんは、今日も平岸で買い物をして、夕方の帰りを急いでいました。
途中まで来ると、「おおい、清水さん、ちょっと寄っていけよ」と、道端にある家から呼ばれました。窓を開けて、手を振り、呼んでいました。
丁度開墾の仕事を終わって、みんなここに集まってお酒を飲んでいたのでした。

「遅くなるから、おらあ、帰る」
「まあ、ちょっと、寄っていけや」

清水さんが、窓の側によると、家の中から、お酒の入ったコップが出てきました。
「おまえ、急ぐんだら、ここで飲んでいけや」
清水さんは、コップをもらうと、ゴクン、ゴクンと、飲みました。
「窓から物をもらったりすると、化け物に会うというけどな。はっはっはっ・・・」と、みんな笑いました。
清水さんは、コップで二、三ばい、お酒を飲むと、持ってきたちょうちんに火をつけて、急いで歩き出しました。

曇っていた秋空は、真っ暗になり、ポツリ、ポツリと雨が降り始めました。ほろ酔いきげんになった清水さんは、家に急ぐのでした。
やがて、吉田の沢の橋に来ました。暗い川から水の音が聞こえてきました。
(薄気味の悪い晩だなあ)と思うと、なんだか、体がぞくぞくしました。
雨で消えそうになるちょうちんの火を片手で覆いながら、急いで橋を渡りました。渡り終わると、坂になりました。片側は崖で、笹の葉が風で擦れあって、音をだしていました。吹き上げる風で、ちょうちんの火が、幾度も消えそうになりました。
この坂の中ほどに馬頭観音がありました。草や木の茂った中にあるこの馬頭観音の側を通る時は、あまり気持ちがよくありませんでした。
すると、急に生ぬるい風が吹き、清水さんのほほを撫でて通り、手に持っていたちょうちんの火が大揺れに揺れました。
「おっとっとっと」
といいながら、ちょうちんを覆い、風の吹いてくる馬頭観音の方を見て、びっくりしました。そして、その場に立ち止まったのですが、どうしたことか、動けなくなってしまいました。
すると、手に持っていたちょうちんが、めらめらと、燃えだしました。あわてて、そこに放り出しました。ところが、その火で、自分の前に大男の立っているのをみた清水さんは、驚いて、
「あんた、誰だ。そんなところに立っていて、危ないから、どけれ」
といいました。
六尺もあろうかと思われる体に黒い衣を着た男は、にたにたと笑いながら、
「あんた、誰かね」
と聞くのです。
「清水だよ。パンケの清水だよ」
「清水さんといわれましたな、あんたの帰りをここで、ずっと待っていたんだや。あんたを見込んで、頼みごとがあるんだが、聞いてくれんかね」
と、その大男は、もの静かにいいました。清水さんは、あまりの恐ろしさに、
「あ、あ、あんた誰だね」
と聞きました。大男は、
「わしか、わしはこの馬頭観音の化身じゃよ」
といって、話をつづけました。
「実は、この間、ここの地主が、わしの側にあった桜の大木を切り倒してしまったんだ。あの桜の木は、わしにとって、とても大切な木だったんだが、どうか、あんたの力で、あの切った桜の若枝を一本、わしの側に差し、別の桜を一本、植えてもらえんだろうか。何とか頼むよ」
そして、数珠をもみながら、清水さんの顔をじっと見つめていましたが、間もなく、すっと、消えてしまいました。清水さんは、やっと自分に返ると、無我夢中で走りだし、近くにある光明寺に飛び込みました。


馬頭観音堂/芦別市のパンケ幌内川常磐橋たもとにある

その翌日、さっそく地主さんのところに行って、昨日あったことを、くわしく話しました。
地主さんは、その話を聞いて、話のとおり、若枝を一本切って、馬頭観音の側に差し、切った桜の代わりに、数本の桜を植えました。そして、馬頭観音さんのお祭りを、賑やかにしました。
その後は、こんなとこは、おこりませんでした。


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