【裁判例】日本郵便解雇事件(かんぽ生命不適切販売)

0.札幌地裁令和4年12月8日判決

かんぽ生命の保険の不適切販売に関する問題は大きく取り上げられ、業務停止命令の処分が出されているのは記憶に新しい。

その問題に関しては、多くの日本郵便の従業員、役員が処分を受けている。
今回紹介する裁判例は、不適切販売をして懲戒解雇処分を受けた従業員が、解雇無効を主張して争った事件である。

結果的に、日本郵便がした解雇は無効であると判断されている(募集人側の主張が認められている)。なお、執筆当時、同種の事件で2件目の解雇無効判決が出ている。

1.事案の概要

原告であるXは、日本郵便に平成21年9月から正社員として勤務し、かんぽ生命の保険募集を行っていた。

Xは、平成27年4月〜平成28年2月までの間に、契約者Aに対し、17件の保険契約を解約させ、新たに19件の保険契約を募集した。
※これがいわゆる不適切販売である。

日本郵便は、令和2年9月にXを懲戒解雇した。

日本郵便が懲戒処分をした理由は、
「平成27年4月〜平成28年2月までの間、契約者の意向を十分把握することなく、既契約と同種又は類似の各契約を提案し、経済合理性のない合計19件の新規保険契約を受理したものである。」
とされている(懲戒処分書)。

2.争点

本件の争点は主に、
懲戒解雇事由の有無
(Xに不適切な保険募集があり、それが懲戒事由に該当するか)
というものである。

この点について、日本郵便は、

Xが契約者にさせた乗換契約は、
・解約によって損失が生じていること
・無保険期間が発生していること
・既契約と新規契約が同種又は類似であること
・保険料総額が著しく高額であること
などから、乗換契約が、契約者Aの意向に沿うものではないことが明らかであり、
Xの募集行為が、
・「保険募集に関し著しく不適当な行為」(保険業法307条)に該当し、
・意向把握義務に違反し(294条の2)、
・乗り換えに伴う不利益が生ずることを告げていない(同法300条1項)
として、職権乱用、信用失墜行為など懲戒事由に該当する

と主張した。

これに対してXは、

・意向確認書類の作成等によって、契約者の意向把握を実施していた
・不利益事実についても告知を行っていた

として争った。

3.裁判所の判断

まず前提事実として、Xは、募集行為に際して、
・「ご契約に関する注意事項(注意喚起情報)」という冊子
・ご意向確認書
を示しながら説明を行い、
契約者Aも自らご意向確認書に記入している。

ご意向確認書の確認事項には、

「ご提案させていただいた保険商品(基本契約・特約の保障内容)は、ご契約者さまのご要望・ご意向(ニーズ)を満たしている。また、満たせないご要望・ご意向(ニーズ)が ある場合は、その旨を了解している。」
「ク 乗換契約の不利益事項について、別紙により説明を受け、ご了解いただけましたか。」

とあり、契約者Aは、いずれも「はい」にチェックしており、また、別紙には、

「多くの場合、返戻金は払込保険料合計額より少ない金額になります。」、「ご契約を解約等されると、多くの場合、返戻金は払込保険料合計額より少ない金額になります。」「申込日が新たな契約の責任開始日ではない場合があること」

の記載など、乗換契約に関する不利益事項が記載されていた。

また、日本郵便では、ご意向確認書などを含む申込関係書類を内務の責任者が確認することになっており、疑義があれば確認することになっていたが、Xが問題を指摘されたことはなかった。

裁判所は、以上の事実から、

Xは、当時日本郵便「において求められていた水準の顧客の意向確認及び乗換に伴う不利益の説明は履践していたというべきである。また、原告が生命保険募集人としての権限・地位を濫用したこ とを基礎付ける事情も見当たら」ず、「乗換が契約者の意向に沿わないものであったとは認めることはできない」

として、Xに懲戒事由は存在しないと判断された。

4.最後に

懲戒解雇が無効となったというニュースを見た際は、不適切な募集行為があり懲戒事由はあるものの、解雇の相当性がないという判断なのか(つまり懲戒事由はあるものの判断として重すぎるとした)と予想していたが、判決を読むと、そもそも懲戒事由が認められないという判断となっている。

日本郵便側が準備した意向確認書であるにも関わらず、日本郵便が

「ご意向確認書は、予め典型的な意向の内容が記載された各項目にチェックを付ける簡易な内容の書類であって、ご意向確認書の作成のみをもって契約者の意向を確認したと解することはできず、契約者の意向把握義務を履行したとはいえない。」

と主張しているのは興味深いが、意向確認書にチェックがあれば、かんぽ生命で問題になったようなケースでも、意向把握が認められるといったような認定とも捉えられる点は少し疑問ではある。労働事件という契約者が訴訟当事者ではないことによる限界といったところかもしれない。

なお、処分の前提として、日本郵便が契約者Aにヒアリングしている(当初契約者Aはヒアリングを拒否していたようである)。

ヒアリングでは、
「社員の勧奨により、進められるままに複数の契約をしていたこと、これほど契約をしては解約を繰り返していたとは思わなかった」
「社員を信頼しているので言われるがままに契約していた」
などの回答があるものの、
日本郵便が今回の乗り換えがXの不適切な募集であったとする方向に、誘導した可能性もあることなど問題のあるヒアリングであるとされている。

懲戒解雇といういわば最も重い判断であるにも関わらず、懲戒事由が1人の契約者に関する募集のみであることや、不適切販売から4年半も経過しての処分であることや、ヒアリングが杜撰であった点など、日本郵便側の対応としては疑問点も多い。

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