【裁判例】手数料前払制度による過重労働?事件

0.東京地裁令和4年4月22日判決

代理店が代理店業務委託契約を締結している保険会社に対し、損害賠償請求をした事案であるが、損害賠償をした理由は「手数料前払制度を背景にした保険会社従業員からの過酷な指示によって統合失調症を発症した」という珍しいものであったため、紹介する。

1.事案の概要

・Xは、平成18年に生命保険会社Aとの間で、代理店業務委託契約を締結し、代理店業を開始した。
・XはAから手数料前払制度を案内され、その利用を希望した。
・Xは平成20年7月ないし9月頃には、保険会社Aに保険代理店を辞めたい旨を申し入れたが、代理店契約を解約すると手数料前払い制度も解除となり、残金を一括精算する必要があると説明し、結果代理店契約は解約されなかった。
・Xは平成22年5月に保険会社Aに対し
①保険会社A社員がXに他代理店の契約者情報1,000件を電話で伝えた
②保険会社A社員がXに頻繁に携帯電話に連絡するなどのパワハラをした
③保険会社A社員に対し手数料前払制度の解除を申し出たが拒否された
などを申し出た。
・保険会社Aは①〜③について申し出た事実は確認できないと回答した。
・Xは、平成23年に代理店業務委託契約を解約し、代理店を廃業した。
・Xが統合失調症を発症?

今回の裁判で主な問題として上げられている保険会社Aの手数料前払制度は判決の中では以下のように説明されている。

「保険会社Aの手数料前払制度は、保険代理店の事業開始初期の事業収入の不安定さを解消し、代理店業務に集中することを支援する目的で、保険会社Aが、保険代理店に対し、本件契約に基づいて支払うべき通常の代理店手数料とは別個に、所定の年数にわたって、所定の契約の年換算保険料の所定割合に当たる金員を代理店事業の資金として一時的に前払(交付)するものであり、これによって支払われた前払手数料は、毎月保険会社Aが保険代理店に対して支払う上記の通常の代理店手数料の範囲内で相殺され、1年間にわたり(12分割して)清算するという仕組みである(なお、利息や手数料は賦課されない。)。」

2.争点

本件の争点としては、

保険会社Aに安全配慮義務違反があったか

である。

3.保険代理店Xの主張

Xは、
①保険会社AがXに手数料前払制度を適用し、その後も同制度を継続して適用したこと
②Xが保険会社Aから手数料前払制度の適用を背景にした不当な強制労働が課されたこと
が安全配慮義務に違反すると主張した。

具体的には
①手数料前払制度は、一定の経済的余裕のある者に対して適用を限定するのでなければ、その対象者を経済的困窮に陥らせ、多大な精神的苦痛を与え、統合失調症などの精神的疾患に罹患されるリスクが高いにもかかわらず、Xの資産状況などを調査せず適用、継続したこと
②保険代理店と保険会社は実質雇用関係にあり、手数料前払制度による前払金の相殺は労基法違反で、強制労働であること
などと主張した。保険会社Aはすべて否認し争った。

なお、保険会社Aは、Xが顧客相手に訴訟提起し、面識のない他の代理店に契約の買取を持ちかけるなどのトラブルがあったことも主張している。

そしてXは、上記保険会社の義務違反により統合失調症を発症したとして、
慰謝料約2,000万円
逸失利益約7,500万円(うち2,500万円の一部請求)
を請求した。

4.裁判所の判断

結論的には、裁判所は原告の主張をすべて排斥して棄却の判断をしている。

①資産状況などを調査せず適用したこと
については、

「手数料前払制度は、代理店の経営の安定化のための制度であり、その仕組みとしても通常の代理店手数料の範囲内で1年間に分割してその清算をするというもので、本来的には保険代理店に過度の経済的負担を生じさせるような仕組みではないのであって、元々経済的基盤が十分でない保険代理店において利用されることが想定されている制度であるといえるから、保険代理店に経済的基盤の十分さを確認・調査すること自体制度の趣旨にそぐわないし、原告が保険会社から独立した事業者であることも踏まえると、契約の締結に当たって、その収入や資産状況を逐一調査・確認すべきであるとはいえない。原告の主張は、採用する余地がないことは明らかである。」

と判断し、

②強制労働を課されたこと
については、そもそもそ前提となるパワハラ等の事実は認定できず、実質上雇用関係とはいえないと判断した。

Xは、手数料前払制度を、違法な貸金業者(年収の3分の1以上貸付をする)になぞらえた主張をしていたが、手数料前払制度はそのような制度ではないと判断された。

5.まとめ

今回Xが主張していた「安全配慮義務」というものは、そもそも労働関係など特別な関係にある当事者間において、生命及び健康等を危険から保護するよう配慮する義務であるところ、裁判所は今回の代理店委託契約における保険会社AとXとの間には、Xが主張するような安全配慮義務はないと判断している。

特定の契約関係において、実質的に雇用契約であるという主張が裁判でなされることは珍しくない。
雇用契約であるか否かは契約書のタイトルだけで決まるものではなく、実質的に判断される(参考「従業員募集人が、法的にも『従業員』とされるための5つの視点」)。

雇用契約である、つまり従業員であるとすれば、労働基準法が適用され、雇い主とされた取引相手には労働者保護の強い規制がかかるためである。

保険会社が研修生などでもなく独立した保険代理店との間で雇用関係が認められるケースというのは極めて例外的なのではないかと思われる。

手数料前払制度自体に疑問点はあるが、一事業主の判断で適用している以上、適用させたことが保険会社が安全配慮義務違反などとなることは無いと思われる。

今回の裁判例は特に判断が参考になるわけではないが、このような裁判もあるのだと参考になったため紹介した。

ちなみに生命保険会社Aは、Xとの代理店業務委託契約締結当時は外資系生命保険会社の日本支社であったが、平成30年4月に同社の事業を包括的に承継したとある(ピンと来る方も多いと思う)。

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