【裁判例】代理店移籍後の顧客に対する営業/損害賠償額は?
1.東京地裁平成25年3月4日判決
保険代理店にとって顧客は最も重要な資産である。
ある保険代理店退職後、別の保険代理店に転職後、前の保険代理店の顧客に対し営業を禁止したり、そもそも保険代理店自体の競業を禁止するケースが多い。
それは、就業規則で定めてあることもあるが、多くは誓約書や合意書などによって書面化されているケースが多い。競業避止義務の誓約書はその制限のレベル(期間、地域、補償の有無)等によって、有効なケースと無効なケースがあるが、今回は有効であることを前提に損害額が判断された事例を紹介する。
2.概要図
3.事例
裁判で問題となった保険代理店は、
①合意書
・Yは,契約の期間中及びその終了後において,顧客情報その他業務上知り得た事項を,同契約の遂行以外の目的に用いることはできない。
・Yは,契約終了後1年間,A代理店と同一の市町村及び隣接市町村で競業してはならない。また,同契約終了後3年間,YがA代理店において従事していた間に取り扱った契約者に対して競業する業務を行ってはならない。
・Yは,契約に違反してA代理店に損害を与えた場合,終了後においても損害賠償義務を負担する。
②誓約書
Yは,A代理店との間で,本件契約の顧客情報について,機密を保持し各契約における業務以外の目的にこれらを不正使用しないことを誓約し,同情報に関する文書,電子記録その他一切を原告に返還すること及び同情報を不正使用した場合にはA代理店が被った損害を賠償することに同意する。
③就業規則
・会社の業務上の機密事項および会社の不利益となる事項を在職中および退職後も他に漏らさないこと及び在職中及び退職後も会社の利益に相反する行為をしないこと
・退職後といえども,3年間は会社の取引先へ保険契約の勧誘や他代理店へ契約紹介等をしないこと
・これらに違反したときは会社が当該従業員に対し損害賠償を請求することがある。
等の合意、規則があった。
①については、従業員の意思に基づかずに作成された(勝手に押印された)ものとして無効とされたので、②と③のみが効力があるものとされた。
よって、
A代理店とYとの間には,本件契約上,Yが,A代理店を退職後,一定期間(最長でも3年間)は,本件顧客の個人情報を含む一切の情報を使用して同顧客への保険契約の勧誘や他の代理店へ契約紹介等をしないという限度での禁止義務を負う旨の合意があったと認めるべきである。
と判断された。
つまり、競業避止義務(保険代理店として事業を行うこと自体を禁止する義務)までは認められないが、顧客に対して営業活動を行うことを禁止する義務があったというものである。
本件でYは、
A代理店を退職後,B代理店に入社し,顧客の一部に対し,同年2月頃,「私儀,1月13日をもちまして,勤務いたしましたA代理店を退職いたしました。」「このたびB代理店に勤務いたすことになりましたので,今後ともご厚誼のほどお願い申し上げます。」「引き継ぎご相談,ご加入等ございましたらご連絡ください」「株式会社〇〇 B代理店」等と記載した自己名義のはがきを送ったり,本件顧客と会った際に,当該顧客の保険契約の代理店を被告会社に変更(移管)することを勧めたりするなどの勧誘行為をした事実が認められる。
といった典型的な転職後の営業活動を行っている。
この行為は上記禁止義務に反するとして、Yには債務不履行責任が発生するとされた。
※なお、のちの損害論でも触れるが、本件移管した顧客の大部分は会社に在籍する前の顧客や個人的なつながりを有する顧客であることから、悪質とまでは言えないから不法行為には該当しないとされた。本件で、A代理店がB代理店に対しても損害賠償請求をしているのは、Yの行為が不法行為に該当することを前提に、使用者責任を追及している。
A代理店としては、
・移管顧客の手数料相当額(平成23年度以降は平均更新率を前提に算出)
・信用毀損における損害
・弁護士費用
を請求し、
(ア)逸失利益 1058万7326円の内金1000万円
平成22年度の初期損害 207万9331円
1年目 93.2% 平成23年度 193万7936円
2年目 87.0% 平成24年度 180万9017円
3年目 81.7% 平成25年度 168万5713円
4年目 76.3% 平成26年度 158万6529円
5年目 71.6% 平成27年度 148万8800円
(イ) 信用毀損 100万円
(ウ) 弁護士費用 100万円
予備的に、B代理店が本件移管顧客に関して請求できることとなった手数料相当額を請求している。
(ア) 逸失利益 843万8893円
平成22年10月22日まで 207万9331円
平成22年度(同日以降) 25万3282円
平成23年度 152万6570円
平成24年度ないし平成26年度 各152万6570円
(イ)信用毀損 100万円
(ウ)弁護士費用 100万円
これに対して裁判所は、
・本件移管顧客の大部分はYがA代理店に在職する前からの顧客あるいは従業員との個人的なつながり(親戚関係等)を有する顧客が占めている上,このような顧客については,従業員がもともと連絡先等の情報を持っており,必ずしもA代理店の情報を使用して移管等の勧誘をしたといえない場合が多いといえるし,
・また,Yの勤務する代理店がどこであれ,Yに保険契約の更新等を依頼することが通常であると考えられるため,本件移管顧客の中には,Yによる義務違反行為とは関係なくYに対し保険契約の代理店の変更(移管)を依頼した者や,保険契約の更新を依頼して同被告の再就職先である会社を代理店とした保険契約を締結した者も相当数いたことが推認される。
・また,Yと個人的なつながりが有る顧客か否かを問わず,YがB代理店に再就職後年数が経過するほど,Yの本件行為と本件移管顧客からの手数料収入額との因果関係は希薄になるというべきであることなども考慮すると,
本件移管顧客全ての保険契約に係る手数料相当額が本件行為による損害となる旨のA代理店の主張は採用できない。
としている。
つまり、義務違反(営業行為)がなくとも、一定程度の手数料は、Yが本来得るべき手数料であるから、一部は、A代理店の損害とは言えないとした。
そして、裁判所は、転職先に実際に入った本件移管顧客の手数料から、個人的なつながりを有すると主張する顧客分を除いた手数料額を損害として認定している(本件では110万円+弁護士費用相当額11万円=121万円)。
本件は、義務違反に基づいて契約移管を行った場合の、代理店の損害が判断されている珍しいケースであるが、個人的なつながりをベースとした顧客を持っている募集人の場合(多くがそうであると思われる)、そういった顧客の手数料分については損害から外される可能性がある。
そのため、競業避止義務、営業活動禁止義務などの合意をする場合においては、違約金を定めておくことが考えられる。違約金が定められている場合には、損害額は基本的に同額に拘束される。
1000万円等の具体的な数字を設定するのが躊躇される場合には、募集人の退職前年度手数料の●年分等の設定方法も考えられる。
あまりに高額である場合は公序良俗違反とされ無効となったり、競業避止義務、営業禁止義務違反の効力に影響を与えるので注意が必要である。
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