【裁判例】代理店委託契約の解除と「やむを得ない事由」

1.保険会社は自由に代理店委託契約を解除できるか?

保険会社から、代理店に対し、合併や廃業が勧奨され始めてから久しいが、代理店委託契約の解除の紛争は継続的に紛争化しており、今後も続くことが予想される。

代理店委託契約書は通常契約期間が定められており、それは○日(30日、60日等)前までに更新拒絶しなければ、自動更新されるというのが一般的である。

そのため、保険会社は、契約期間前○日(30日や60日)前に更新を拒絶すれば、保険代理店との代理店委託契約書を解除することができることとなるが、これについては制限はないのだろうか。

賃貸借契約などの継続的取引においては、両当事者間の信頼関係の破壊が生じた場合に限って解除が認められる(基本的に1ヶ月のみの支払い遅延では解除が認められないこと等)など、その解除については一定程度の制約が課されている。

そして、継続的に取引を行うことを前提とする代理店委託契約についても同様の制約があるのかという問題意識は、その解除(更新拒絶)に、「やむを得ない事由」が必要かという点で現れている。

つまり、保険会社が代理店委託契約を更新拒絶(契約解除)するにあたっては、単に○日前までに通知すれば足りるのか、「やむを得ない事由」が必要なのかという論点である。

2.東京地裁平成27年1月16日判決

保険会社が契約上の30日前の更新拒絶をした事例で、

「①本件各契約は自動継続条項を含んでおり相当程度長期間にわたって継続することが予定されていたこと,②実際に,本件各契約はA個人が契約当事者であった時期を含めると約30年にわたって自動更新されてきたこと,③原告は被告らとのみ保険代理店契約を締結しており,④被告らとの本件各契約が終了した場合には相当程度の経済的影響が受けるおそれがあること,⑤本件更新拒絶後に原告と被告らが交渉した際に,被告らは650万円の支払について言及するなど,被告らは,原告に対し,何らかの補償等の措置を講じることが必要であると認識していたことなどを考慮すると,原告と被告らとの間においては,遅くとも平成24年1月までの間に,本件各契約について,解約申入れ又は更新拒絶をする場合に「やむを得ない理由」を要する旨の黙示的合意が成立していたというべきである。」(※○数字は筆者追記)

として、更新拒絶をする場合には、「やむをえない理由(事由)」を必要とする旨の合意が成立していると判断している。
※代理店委託契約の性質から一定の制約が導かれるとしたのではなく、本件に関しそのような合意がされたと認定している。

(本件の条項)
本契約の有効期間は1年間とし,期間満了日の1か月前までに,被告損保ジャパン又は代理店から特段の申出がない場合は,更に1年間延長されたものとし,以後も同様とする。(損害保険代理店委託契約書22条1項本文,自動車損害賠償責任保険代理店委託契約に関する特約書8条1項本文)

もっとも、本件では反社との保険契約等により「やむを得ない事由」はあると判断され、更新拒絶が認められている。

3.東京地裁平成28年8月8日判決

同種の保険会社が更新拒絶をした事例において、「やむを得ない事由」の合意は存在しないこと、権利濫用の主張には理由がないとした事例も存在する。

・「やむを得ない事由」について

「本件代理店契約は,民法上の委任契約の性質を有する商法上の代理商契約であり,改正前商法50条1項は,期間の定めのない代理商契約においては,各当事者は2か月前に予告をして同契約を解除することができると規定されているところ,この規定は,代理商契約の継続性及び営利性を考慮し,各当事者がいつでも委任契約を解除できるとする民法651条の特則を定めたものと解される。そして,本件代理店契約における本件予告解除規定は,改正前商法50条1項に準拠したものということができるから,本件解除に当たり,同条2項のやむを得ない事由があることを要しないと解すべきである。原告と被告が明示の合意によりかかる本件予告解除規定を設けたことからすれば,本件代理店契約の解除を行う場合に,やむを得ない事由あるいは相当の合理的な理由を要する旨の黙示の合意が存在していたとはおよそ認められない。」

・権利濫用について

「原告は,本件代理店契約が23年以上継続してきた契約であること,原告
が保険代理店業に係る手数料収入を生活の糧としてきたことをもって,本件解除が権利濫用である旨主張するが,争点1についての説示のとおり,本件予告解除規定において既に代理商契約の継続性及び営利性が考慮されているから,上記事情をもって,本件解除が権利濫用であるということはできない。」

なお、本件は更新拒絶の主な理由は、保険代理店(自身)の不正請求である。

平成27年判決では、

①相当程度長期間の継続が予定
②実際に長期間継続
③専属
④契約終了による経済的影響
⑤その他(何らかの補償等の措置の必要性の認識)

を理由に「やむを得ない事由」の合意を認定しているが、本件では、③〜⑤が存在しない(もしくは認定されていない③の専属か乗り合いは不明であるが、手数料収入が年間150万円であることから、乗り合いであり、経済的影響も少ないと判断された可能性もある。)

なお、「やむを得ない事由」を不要(合意が存在しない)と判断した事例には他に、東京地裁平成10年10月30日判決、東京高裁平成30年6月14日判決があり、「やむを得ない事由」ではないが、解除には一定の制約を認めた事例は、東京高裁平成29年8月8日判決がある。

4.最後に

合意があったかどうかの認定となるとそれぞれの事実認定の問題となるが、保険会社の優越的地位に基づいて作成され、手数料制度なども交渉の余地のほとんど無い一方的な契約内容であることや、継続的な取引などからすれば、一定の法理による制限も検討すべきと考える。

特に日本ではいわゆる満期所有権が保険代理店に認められていないことから、契約が解除に至ると保険代理店の生活基盤が全て失われる結果となり、その影響は極めて大きいといえる。

裁判例になる事例は保険代理店に一定の落ち度のある事例が中心であるが、冒頭に記載した保険代理店の集約の流れから、「やむを得ない事由」とはいえない更新拒絶の事例が生じる可能性も高い。

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