【裁判例】代理店転職トラブル事件

0.東京地裁令和4年1月26日判決

顧客本位の業務運営のために固定給化を制度として採用しても、完全歩合給制度を求めて募集人が転職してしまう・・・そんな悩みを持つ保険代理店も多い。

今回紹介する裁判例は、保険代理店間の転職に伴って、転職先の代理店と募集人との間で、完全歩合給制度の説明に関してトラブルがあった事例である。

1.事案の概要

保険募集人Xは、保険代理店Aに勤務していたが、平成28年末ころより、保険代理店Yへの転職の勧誘を受けた。
そして、Xは、Yの代表者、営業開発部長、船橋支社長の最終面接を受け、平成29年3月1日付けで、Yに転職することになった。
そして、Xは平成30年9月30日に、Yを退職している。

Yの雇用契約の条件として、
①報酬は労働時間に応じた一定の補償額のある完全歩合給制
②平成29年度におけるYの歩合給の内容は、保険会社からの手数料の70%が支給されること

とされていた。

この雇用条件における説明に関して、双方の認識に違いがあったため、XはYに対し、虚偽の労働条件を提示したものとして不法行為に基づき合計約1825万円の損害賠償を請求した事案である。

Xの認識はこうである。

  1. Aと同様に、D保険会社からYに支払われる手数料は、ボーナスを含めてその70%がXに支給されること

  2. YがリーズをXに1件5000円で提供できること

これに対し、Yの主張としては、

  1. ボーナスまでも70%が支給されるわけではない。Dが販売奨励金(インセンティブ)の適用対象であると説明したことがあるが、それはYの勘違いだった。

  2. リーズは種類に応じて1件あたり3000円、1万円、3万円である。

というものであった。

2.争点

本件の争点としては、

Yがあえて虚偽の労働条件を提示してXの転職の判断を誤らせたか

である。

3.裁判所の判断

前提として、Yの給与体系における歩合給の基準は、「報酬制度」という規定が定められていた。

その報酬規定によれば、Yの主張通り、

①Yが保険会社から受領した初年度手数料及び継続手数料のうち70%が支給される
②スタッフ支援制度(Y全体での特定の保険会社の保険販売量に応じて、当該保険会社の保険を販売した従業員に、一定割合の金印を支給する制度)、販売奨励金(Yの従業員が特定の保険会社の保険を販売した場合、従業員に対し、販売量等に応じて一定割合の販売奨励金を支払う制度)あり

となっている。

なお、この各制度は年によって適用対象となる保険会社が異なり、D保険会社は、平成29年度はスタッフ支援制度の適用対象となる保険会社であったが、販売奨励金の適用対象ではなく、平成30年度は販売奨励金の適用対象であった。

そして、判決では、
・面接当時、YからXに、ボーナスについて70%が支払われるという説明はなかったこと
・面接の2日後に作成した労働条件通知書(兼同意書)には、報酬は完全歩合給制(詳細は給与規定及び報酬制度参照)である旨が記載され、リーズ提供料は、保険Eが1件あたり3万円、F保険が1件あたり1万円、Gクリエイト及びH会が1件あたり3000円である旨が記載されていた。
が認定されている。

ちなみに、Xは、Yから歩合にボーナスが含まれることについてはAと同様であるという説明を受けたと主張していた。

しかし、裁判所は、そもそもXがAにいた時点でボーナスが含まれていたと認めるに足りないとされ、Aと同じといってもAがそうだったかわからないとして、Xの主張はその前提を欠くとしている。

さらに、ボーナスを含んで歩合給を支払う制度自体をYが設けていないため、Yが勧誘時にXにそのような説明をしたとは考えがたいとした。

以上から、Yがあえて虚偽の労働条件を提示してXの転職の判断を誤らせたということはできないとして、Xの請求は棄却された。

ちなみに、D保険会社が販売報酬金制度の対象であったことを誤って説明していたことに関しては、仮にその対象であったとしても、そもそもXがAから受領していたDのボーナス分は2年間で2万円弱にすぎず、YからDのボーナス分の70%が支払われるとしても、その額は80万円弱にとどまることなどから、その誤解がなければ転職の決断をしなかったとはいえないとされている。

4.まとめ

募集人の転職においては、元の代理店との間で退職に際し、機密情報(顧客情報)の持ち出しや、契約移管、パワハラ等で揉めるケースも多いが、転職先の代理店との間でトラブルになるケースも少なくない。

労働基準法上、労働契約の締結に際して、会社は書面を交付して労働条件を明示しなければならないが、条件については明確に示されずに採用するケースも実態としては多い。転職をする募集人としても、条件面等を具体的に確認することに躊躇するケースも多いため、トラブルになりやすい。

労働基準法
(労働条件の明示)
第十五条
 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

本判決では、

「Yにおいては手数料とは異なりボーナスについてはYが保険会社から受領する額の7割を従業員に支給する報酬制度は設けておらず,Yに入社すれば容易に判明する報酬制度と明らかに異なる仕組みを,あえて転職を勧誘する際に説明するとは考え難い。

※太字筆者、「被告」を「Y」に置換 

としているが、現実的には優秀な募集人を獲得するために、会社基準より多少良い条件を話してしまうケースも考えられなくはない。

代理店側としては、後の紛争化した際の客観的資料として、雇用契約書、労働条件通知書、報酬規定(特に完全歩合給制度の場合の報酬規定等)の整備などが重要になるだろうし、転職する募集人としては条件面の確認(労働条件通知書のみならず、規定関係も含め)が必要になるだろう。

単純に条件面だけで採用すれば、さらに他社で良い条件が見つかれば退職となる可能性が高いのが一般的であり、歩合等の条件面以外でのリテンションの模索が課題である。

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