【裁判例】ジブラルタ生命保険事件(顧客情報の持出しと退職金返還)①

0.東京地裁令和4年6月10日判決(労経速2504号・LLI/DB L07731803)

生命保険においては、どのような保険商品を契約したかではなく、誰(営業マン)から保険に加入しているかが重要とする方も多い。これは他の業界でも同じようなものもがあるが、保険はその性質が強い。

保険代理店から他の保険代理店に転職する場合に、自分が取り扱っていた顧客情報を持ち出して、転職先の保険代理店で営業をするケースは多い。実際に自分のお客という意識は強いので営業マンからすれば当然の感覚だったりする。

今回は、生命保険会社から保険代理店に転職する際に顧客情報を持ち出し、それが問題となった事案であり、保険代理店の裁判例ではないが、参考になる部分も多いので、紹介する。

1.事案の概要

登場人物
ジブラルタ:ジブラルタ生命保険 本件の原告
社員1、2:ジブラルタの元保険営業社員 本件の被告ら(夫婦)
上司A:ジブラルタの元社員で社員1、2の上司(営業所長)
保険代理店B:社員1、2、上司Aの転職先である保険代理店

主な時系列としては

平成18年4月 社員1、2はジブラルタに入社
栃木県内に所在する営業所で、生命保険契約の募集等に従事

社員1、2はジブラルタに退職届兼誓約書を提出
平成31年1月末 社員1、2はジブラルタを退職
 ジブラルタからは退職金として
  社員1に約600万円
  社員2に約430万円
 を支払う。
平成31年2月頃 社員1、2は保険代理店Bに転職

というものである。

そして、今回問題になったのは、退職直前から退職後の社員1、2の行動である。

前提として、上記で記載した退職届兼誓約書には以下のような内容が記載されていた。

「私は、貴社在職中に知り得た貴社の業務上の秘密を、貴社を退社した後も、漏洩、公表、開示せず、また、目的又は方法の如何を問わず使用することなく、厳に秘密として保持し、貴社に対し返還又は消去することが可能な貴社保有の機密情報については、貴社を退社するにあたり、漏れなく貴社に返還又は消去いたします。」
「私は、私が貴社を退社した後、貴社において、私が貴社在職中に行った行為で、私が貴社在職中に適用を受けていた貴社の規程上の懲戒解雇処分事由に該当するもののあることが判明した場合、判明した時点で退職金が支給されていなければ、退職金が不支給となること、また、判明した時点で退職金が支給されていれば、貴社の請求に応じ、貴社に対し退職金を返還することを、それぞれ了承いたします。」

まず社員1、2は、ジブラルタを退職するにあたって上司Aに、「退職の挨拶状を送付したい」としてジブラルタの社名が印刷された封筒の使用の許可を申し出て、許可されている。

そして、社員1、2は、ジブラルタの11,408件の契約者リストを閲覧し、2567件の印刷レイアウトを印刷した。

その後、社員1、2は退職し、

退職後2週間程度してから、自身の担当していたジブラルタの顧客1,180名に対し、ジブラルタの社名が印刷された封筒に、顧客の氏名及び住所の記載された宛名ラベルを貼り付けて、文書を送付した。その文書の内容は主に以下のようなものであった。

「この度、13年間本当にお世話になったジブラルタを苦渋の決断にて退職することになりました。大変恐縮ながら、大切な大切なお客様へ、退職にあたりご挨拶をさせて頂くことが筋だと思いましたので、取り急ぎお手紙をお送りさせて頂きました。お客様お一人お一人に退職に至りました経緯をこのお手紙で全てお伝えすることはできませんが、その一部についてのご報告をさせて頂きます。そして必ずお客様お一人お一人に詳しいご説明と、現在ご加入の内容説明にお伺いさせて頂きたいと思っております。
「結論から申し上げますと、ジブラルタでは、お客様が望まれる本当のコンサルタント型の生命保険や資産運用のご提案が出来なくなってしまいました。
「以上の理由から、ジブラルタではお客様に最善のアドバイスと一生のサポートが出来ないと判断し、この1月をもって退職する決断を致しました。」
「今後の私たち夫婦は2019年1月末を持ちまして、ジブラルタを卒業し、2月1日より、保険代理店Bに籍を置くことになります。全国各都道府県に支社があり、日本国内では最大の保険総合代理店です。本当に有難い事に、私たち夫婦の為に、A本社は栃木〇〇支社を立ち上げ、私たち夫婦は責任者(所長・オフィスマネージャー)として、店舗をお任せ頂くことになりました。今後は、ジブラルタ1社のみの商品提案ではなく、十数社の中からお客様にとって一番最適な保険・運用商品をご提案することができます。
「時間がかかってもお一人お一人にご挨拶と、退職まで至った経緯、さらに現在ジブラルタにてご加入頂いている内容説明に、必ずお一人お一人訪問させて頂きたく思っております。
「保険代理店A 栃木〇〇支社〒○○○-○○○○栃木県〇〇市(以下略)」

※判決文にはもう少し詳細にジブラルタの保険商品についてのコメントが記載されているので興味のある方はぜひ判決文を読んでいただきたい。

このような文書が送付されていることを知ることになったジブラルタは、社員1、2に対し、不正に持ち出した契約者情報等の返却を求め、損害賠償請求を行う旨通知した。また、文書の送り先を開示するよう求めた。

これに対して社員1、2は、契約者情報は一切持ち出しておらず、プリントアウトした契約者情報は全てシュレッダーを行った、送り先についての名簿はないと回答した。

ジブラルタは、社員1、2が担当していた顧客1,390人に対し、以下の内容の文書を送付した。

「さて、このたび弊社を退社した元社員が、本年2月15日頃から、不特定多数のお客様に『重大なご報告』と称して、弊社に関する誤った情報や、弊社の機密情報であるお客様の保障内容を説明したいなどと記載した文書を送っていることが判明いたしました。」
「弊社では、在籍中に知りえたお客様の個人情報等を退社後に用いることの無いよう誓約した文書を元社員より取得しておりますが、本行為は明らかな誓約違反であり、弊社といたしましても厳しく対処を行ないます。」

そして、ジブラルタは関東財務局長に対し、本件について個人情報等漏洩報告書を提出している。

その後、ジブラルタは顧客1,390名に対し、「弊社社員の活動に関するアンケート回答のお願い」と題する文書を送付し、

「弊社を退職した社員から弊社の保険契約を解約または減額をして、他の保険に切り替える提案を受けたことはございましたでしょうか」
「お客様の個人情報保護の観点から、退社した社員の、お客さま情報の持ち出しを行い、お手紙をお送りしたり、電話や訪問などをすることを禁止しておりますが、そのようなことはございましたでしょうか」

といった質問を行い、回答を回収した。

ジブラルタは設置した懲罰委員会で、社員1、2らの行動について
①顧客情報不正持ち出し
②業務妨害の予備行為
③会社備品の私的利用
に当たるとして、懲戒解雇処分事由に該当すると判断した。
(※既に退職後なので、懲戒解雇処分自体はできない)

それにより、ジブラルタは社員1、2に対し、社員1、2の行動が懲戒解雇処分事由に該当すると判断したことを理由として、退職金の全額返還するよう催告した。

以上が主な本件裁判例の事案の概要である。

次回、争点及び裁判所の判断の解説をする。




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