【裁判例】日本生命事件

0.東京地判令和4年3月17日

「中途採用した成績不良の従業員に辞めてもらいたい」

こんな相談は定期的に耳にする。前職での取り扱い保険料や本人の申告など採用時の想定と大きく異るようなケースや、そもそも固定給分(最低保障分)などの手数料収入もないケースなどなど。

今回紹介する事件は、日本生命で成績不良の従業員を退職扱いとし、その従業員がその退職扱いの無効を争った事件である。

保険会社の事件ではあるが、営業社員の問題は、保険代理店にも共通するため紹介する。

1.事案の概要

当事者は
昭和42年生まれの女性である原告従業員(X)と、
被告会社は、タイトルの通り日本生命保険相互会社である。

時系列としては、下記のような流れである。

平成28年6月  特別教習生とする委任契約締結
平成28年7月  有期労働契約(1ヶ月)締結
平成28年8月  有期労働契約(1ヶ月)締結
平成28年9月  無期労働契約締結※
平成29年12月 労働契約終了(退職扱い)

今回退職扱いとなった前提となる、平成28年9月の無期労働契約※は、以下のような内容であった。

雇用期間:期間期間の定め無し
職  種:保険営業
賃  金:基本給8万、基本職務給9万円、各種手当

そして、
無期労働契約における本人の資格については、規則に定める選考を行い決定するとした上で、資格選考において、活動成果が、「職選基準」に達しない場合には、労働契約を終了する。
という定めがあった。

つまり、入社後一定期間経過した時点の営業成績が基準に満たなければ、退職扱いとなる、という合意である。

ここでいう「職選基準」は、

選考時期 :2年目、1年目資格満了時4・8か月経過時
選考後資格:営業副主任
経過基準 :確定ベース直前4か月で、保険種類・金額等によって、算定した件数5件以上かつ確定ベース直前4か月で基盤内被保険者新規契約1件以上
未 達 時:契約終了

というものであった。

Xの平成29年8月〜11月の成績は、
保険種類・金額等によって算定される件数 1.5件(経過基準は5件)
基盤内被保険者新規契約件数 1件(経過基準は1件)
であり、未達であった。

よって、労働契約が退職扱いにより終了となった。

2.争点

裁判上の争点は、4つ(パワハラ等も問題とされている。)あるが今回紹介するのはメインの

本件退職取り扱いにより労働契約が終了したか

である。契約上は終了したのは間違いないが、有効かという意味である。

成績不良だから「有期契約を更新しない」、
成績不良だから「解雇する」
というのが、労働問題でよくあるケースだが、
本件は条件を満たせば、「退職」という取り扱いとなっている。いわば、定年退職、休職期間満了のように、当然に退職するというような契約内容となっている。
これについて、「解雇する場合は客観的合理的理由・社会的相当性が必要である」という解雇権濫用法理が、本件退職扱いの場合でも適用されるのかが争点にはなっている。

この点について、裁判所は、

本件退職取扱いは、Xの営業成績が不良であることを理由として、Xの意思に反して退職の効果を生じさせるものであり、労働者の能力不足により解雇がされる場合と類似することから、解雇権濫用法理が適用されると解することが相当である。
(当事者名等は執筆者修正)

と判断した。会社側としても想定はしていた当然の判断だろうと思う。これで厳しい解雇権濫用法理が回避できるのであれば、皆採用する。

そのため、今回の退職取り扱いが、客観的合理的理由があり、社会的相当性を欠くものではないといえるかが主な争点である。

3.裁判所の判断

裁判所は、

①日本生命においては、営業職員に対し、採用後、育成担当者を付けて知識教育や同行指導、研修等を行う体制がとられていたこと
②Xは、営業所に配属後、平成29年7月29日まで、担当トレーナーから営業に同行する等の指導を受けていたこと
③担当トレーナーが同行できない場合は、Xの求めに応じて他の社員が営業に同行することがあったこと
④他の社員は、Xが繰り返し不満を述べるのに対し、相当の時間をかけて対 応していたこと
⑤日本生命は、Xの意向等を考慮し、平成29年7月29日以降、営業部長がXを直接指導する体制に変更したこと
⑥営業部長は、Xとの間で月2回の個別面談を行い、職選基準の達成状況を確認し、達成に向けての助言等をしていたこと
が認められる。

他方、Xは、
⑦育成部で行われていた研修やロールプレイング大会の練習に参加しないことがあったこと
⑧他の社員に対して全ての営業に同行を求める等の不合理な要求を繰り返し行い、自らの要求が達せられなければ些細なことについても執拗に要求を繰り返すなど、反抗的な態度を示していたこと
⑨割り当てられた基盤のうち、専ら地区エリアでの営業を行い、職域エリアでの営業を行わなかったこと
⑩営業部職員が行っていた冊子の配布当番やチョコレートの配布係の役割を拒否することがあり、また、営業部長に対して長時間にわたり不満を述べることで他の職員の業務活動を阻害していたこと
などの事実が認められる。
(当事者名等は執筆者修正)

として、これらの事実から、Xの退職扱いは、客観的合理的理由及び社会的相当性を欠くとはいえないと判断し、退職扱いを有効と判断した。

4.まとめ

成績不良者に対する解雇(本件は退職扱いであるが実質同じである。)において、成績が不良=解雇有効とはならず、その従業員の立場(新入社員か中途採用か)や会社としてどの程度教育をしたかなどが重要である。

保険代理店などでは、営業マンの中途採用をしたが、採用時に想定していた成績よりかなり悪いというケースもあるが、だからといって直ちに解雇などはできない(歩合給なら別だが、固定給の場合に給与減額なども簡単にはできない)。

有期契約などとする(更新時に判断できるようにする)か、賞与として評価するなどの対応も検討の余地はある。

もっとも、採用難という事情なども踏まえ、成績が一時期に悪くとも戦力化させることが最重要であることは当然の前提である。

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