所属募集人に報酬を支払う保険代理店のインボイス制度対応

1.インボイス制度

2023年10月よりインボイス制度が開始し、インボイス発行事業者となるためには2023年3月末までに登録申請が必要となる。

※本稿でテーマにするのは、保険代理店と所属する募集人のインボイス制度対応についてであり、保険会社との関係で保険代理店がインボイス制度に対応するか否かではない。

通常の会社において従業員への給与は、雇用契約に基づく労働の対価であり、消費税が課税される取引ではない。

しかし、保険代理店においては募集人に対し、固定給としての給与の他に、歩合部分として報酬を支払っていることも多くあり、この報酬部分は消費税の課税取引として、保険代理店が仕入税額控除の対象としているケースがある。

インボイス制度の詳細は割愛するが、要は取引において、売手がインボイス登録事業者にならなければ、買手が仕入税額控除の対象とならないことから、売手にインボイス登録事業者(課税事業者)になるよう圧力がかかる、もしくはインボイス登録事業者ではない取引が切られるケースが今度多く発生する。

保険代理店に関していえば、報酬1,000万円以上の募集人については、もともと消費税課税事業者であるから、インボイス登録事業者となることによるデメリットは基本的にないが、報酬1,000万円未満の募集人については、インボイス登録事業者(課税事業者)になることは、これまで納めていなかった消費税を支払う必要があるため、不利益を被ることになる。

保険代理店からすれば、仕入税額控除をするために、募集人にインボイス登録事業者(課税事業者)になってもらう必要があるが、募集人としては税負担が増えるため登録したくはないであろう。
そこで、保険代理店としては、募集人に対し、これまでの報酬を維持を希望するのであれば、課税事業者となるように強制したり、インボイス登録事業者とならないのであれば、報酬基準を切り下げるという対応が考えられるが、このような対応に法的問題はないだろうか。

2.独禁法上の問題

取引上の地位が相手方に優越している一方の当事者が、取引の相手方に対し、その地位を利用して、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることは、優越的地位の濫用として、独占禁止法上問題となる。

手数料ポイント制度でも問題?になっている論点であるが、募集人との関係で優越的地位にある保険代理店が、募集人に対し不当に不利益を与えたということにはならないのかという点が問題となる。

そもそも保険代理店が募集人にとって「優越的地位」に該当するのかという点が問題になるが、優越的地位とは、「行為者が相手方にとって著しく不利益な要請等を行っても、相手方がこれを受け入れざるを得ないような場合」をいう。

これについては、ケースバイケースで考えざるを得ないが、募集人の立場は自身の顧客であれば更に条件の良い代理店へ転籍することができる場合も多いことなどから優越的地位にはならないという判断も多く考えられる。

現実問題として、会社と従業員との関係においては、下記で述べる労働基準法上の強い規制があることからすれば、現実的に独禁法上の問題となる可能性は低いと思われる。

ちなみに、独禁法上の免税事業者に対する対応は、公正取引委員会の免税事業者およびその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&Aが参考となる。

3.労働契約法上の問題

これが、一般の会社と保険代理店とでインボイス制度対応で異なる点であるが、保険代理店の募集人は従業員(雇用関係)にあるという点である。

募集人に対し、固定給として給与を支払い、歩合部分は報酬として支払っていても、労働基準法上は、給与部分のみ規制がかかるわけではなく、すべての支給について労働基準法の規制がかかると考えておくのが無難である。

労働契約法の「賃金」は、労働の対価として当事者間で合意され、使用者によって支払われるものをいい、基本的に名称の如何を問わない(名称の如何を問わないとしているのは労働基準法(11条)であるが、同一の概念であると考えられる)。

歩合部分については、労働の対価ではないという扱いも考えられなくはないが、福利厚生給付や企業施設や業務費などにも該当しないことから難しいと思われる。

※募集人の給与体系については、募集人の給与ー固定は給与、歩合は報酬ー問題ない?を参照

労働契約法の規制の対象となるとすれば、問題となるのはインボイス制度を採用しないことにより報酬基準を切り下げることが、労働契約法上、問題となるだろうか。

まず、前提として、労働条件の変更については、個別の合意によってすることができる(労働契約法8条)。合意ができればよいということである。

もっとも、この合意は会社と従業員という関係性から、労働者が自由な意思に基づいて同意をしたといえるかが問題となる。そのため、代理店としては十分な説明をした上で、変更合意書を作成するべきである。

もし、個別の合意が難しい場合には、就業規則の変更によって労働条件を変更する必要がある。

ただし、この就業規則の変更による労働条件の不利益な変更は、就業規則の変更が合理的なものではなければならないというルールがある。

変更の合理性については、

①労働者が受ける不利益の程度
②労働条件の変更の必要性
③変更後の就業規則の内容の相当性
④労働組合等との交渉の状況

労働契約法10条

によって判断される。

例えば、
手数料収入の77%が報酬になる場合、
1,000万円の手数料収入があるときには、770万円の報酬を得ることとなる。
(これからの説明はあくまで概算である。)

この場合、インボイス登録事業者(簡易課税)となることにより、
770万円の消費税(10%)分である70万円✕(1−みなし仕入率50%)=35万円が追加の税負担となる。
(※2割特例期間中は14万円)

そこで保険代理店としては、
インボイス登録事業者とならない募集人には、
手数料収入の72%が報酬となると変更する。
となると、1,000万円の手数料収入があるときには、720万円の報酬になる。

募集人の立場からは、
・インボイス登録事業者→770万円−35万円=735万円を得る
・インボイス登録事業者とならない→720万円を得る
となる。

代理店の立場からすれば、
・インボイス登録事業者→770万円−70万円(仕入税額控除)=700万円負担
・インボイス登録事業者とならない→720万円負担
となる。


当然、募集人がインボイス登録事業者となることは義務ではない(いずれ免税事業者制度もなくなりそうな感じはあるが)ため、代理店としてどこまで変更の必要性を認めることができるのか(賃金についての不利益変更となるため高度の必要性が求められる。)、また、事前に募集人にどの程度説明したのかなどが、合理性があるといえるか、代償措置(登録することによる歩合率増加等のメリット等)はあるのかなどに影響すると考えられる。

上記法的問題やリテンションの問題を踏まえて、募集人との協議や、変動させる余地を残す就業規則(賃金規定)等の規定整備が必要であるが、そもそも報酬としての支給自体や完全歩合制に近い給与体系なども見直しが必要であろう。

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