はじめに~私の保活体験①長女4か月入園~
はじめまして。ラノと申します。
2020年9月現在、小1、年中、2歳の三児を育てている母親です。夫婦ともに会社員として働いています。
私は激戦区で保活を何度も体験しました。
私は一人目の産休育休あと、生後4カ月で復帰しました。職場にも「もう復帰!?」と驚かれたほどです。下っ端の事務職である私が、なぜそんな早い復帰だったのか。
そう、保活のためです。
当初は「11月末生まれだから、翌年の10月くらいの復帰がしたいな。」と思っておりました。「でも保育園って簡単には入れないんだよね」「10月に認可外に入れたら、確かポイントとかいうのが増えて、1歳4月の認可選考に有利なんじゃないか?」とぼんやりとした知識しかありませんでした。
そこで、産休に入るなり、認可外園にいくつか問い合わせてみたのです。すると答えはこうでした。
「10月に1歳クラス入園なんてできませんよ」
「4月に募集をして、基本的にはそこで枠が埋まります。そこから退園者がでない限り、つまり突然仕事をやめるような人がいない限りは空くことはありません。認可に移る人が退園するといっても、それは年度が変わるときですから。」
「11月生まれ?悪いけど、ウチでは受け付けていません。ウチは生後半年からの預かりなので。」
「ウチは認可に落ちた人を優先したいと思ってます。認可に落ちたという証拠を持ってきてください。」
想像以上に厳しい言葉の数々で、私は現実を知りました。
そして臨月になっても生まれそうなギリギリまで、慌ててあちこちの認可外保育園を問い合わせ、見学をしました。
そしてお産の入院セットの中に保育園の願書をつめ、運命の11月25日。長女を出産するや否や、願書に出生日や出生体重を記入し、夫に出生届と同時に保育園の願書を出しに行ってもらったのです。(区によっては出産予定日で応募ができるところもありますが、ウチの地域は出生日や出生体重が必須でした)
これは、「落ちた証拠をもってこい」と言われた園のため。
周囲に生後4か月の子を預かってくれる認可園がなかったことから、志願園は1園のみ。受かる可能性はほぼないと思っていました。
そして猛烈な慌ただしさの新生児育児が始まり、寝不足でフラフラしてきた生後2か月。
まさかの、認可園内定通知が届きました。
喜びと、それ以上に戸惑いがありました。
娘はとてもよく泣き、とても寝ない子でした。やや小柄だったこともあり、授乳も頻回で、まとまって寝るのは長くて2時間でした。
この状態で働きにいけるのか?2時間しか寝なくても、通勤はあるし、会議もあるし、育児と家事もある。受かった園は家から1.5Km。遠いとは言いませんが、そこまで近くもありません。
しかしこの機会を逃したら、いつ入園できるかわからないこと。結局認可外にしても0歳4月で入園しないと後がないことを考え、入園させていただくことにしました。
ところで、なぜ激戦区なのに第一子ですんなり認可園に入れたのでしょう?
後々気づいたことですが、夫が1年前転職をしており、無収入期間があったため世帯年収が低くなっていたことが大きな理由だと思います。
夫の無職期間がこんなところで評価されるとは・・・!
さて、実際に入園、復職すると・・・やはり毎日が戦場です。あまりに余裕がなさすぎて、もう一度育休をとりたいと思い、、、1年時短で働いて本当に、すぐに二人目の産休に入ることにしました。
【②に続きます】
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