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こんにちは!
ベトナム語専攻4年の内田和(うちだかず)です。
普段は一読者として昇龍会noteを楽しませていただいているのですが、今回久しぶりに昇龍会noteに投稿する機会を頂きました。「前回自分が投稿したのはいつだっけ?」と思って遡ってみると、2年生の時だということで、時間の経つ早さに驚いています。

さて、今回は僕がハマっていることについて書かせていただきたいと思います。
それは何かというと、チュノムです。

チュノム(Chữ Nôm)とは、かつてベトナム語を書き表すために漢字を応用して作られた文字であり、我らがベトナム語専攻の清水先生がご専門とされる分野でもあります。今日ではローマ字表記のクォックグー(Chữ Quốc ngữ)がベトナム語の正書法とされていますが、20世紀前半まではチュノムも使われていました。

ここで、チュノムが漢字をどのように応用して成り立っているのかについて、簡単にご説明したいと思います。チュノムの用字法・造字法は、ごく大雑把に分けると次のようになります。

①漢字の音を借りる
これはベトナム語の単語を、同音ないし近似音の漢字で表記するというもので、いわば当て字です。
例:ベトナム語のmột(数詞の1)を表記するために漢字「没」(漢越音một)を借用する。

②音の要素と意味の要素の組合わせ
①では漢字の音のみを借りていましたが、そこに意味を表す要素が加わったものです。
例:南 nam(音)+五 ngũ(意味)= 𠄼 năm(数詞の5)

③意味の要素どうしの組合わせ
①や②に比べると少ないですが、音を表す要素を持たないものも見受けられます。
例:天 thiên(意味)+上 thượng(意味)= 𡗶 trời(天、空)

厳密に言うと、これらのカテゴリーに当てはまらないケースもありますが、大部分のチュノムは①~③のいずれかの用字法・造字法に当てはまるのではないかと思います。

ところで、なぜ僕がチュノムに興味を持つようになったかというと、一つにはベトナムの歴史に興味を持っていたということが挙げられます。ベトナム史の中でも独立王朝の時代に特に関心があったので、そういった古い時代に用いられていた文字であるチュノムにも興味を持ちました。小学生の頃、日本史や世界史の漫画を読むのが好きで、いつの間にかベトナム史にも興味を持つようになっていたのですが、ある日、本屋で世界史の漫画の巻末にベトナムのチュノムが紹介されているのを見つけて嬉しくなって、父に買ってもらった記憶があります。

また、漢字に関心を持っていたことも、チュノムに興味を持つようになった一つの要因かもしれません。僕の母親はベトナム人なのですが、ある時、「昔はベトナムでも漢字が使われていたんだよ」というような話を母から聞いて、何故かそれに関心を持つようになって、「親戚のおじさん・おばさんやいとこたちの名前を漢字で表記したらどんな字になるんだろう?」というようなことが気になっていました(と言っても、当時は漢越語の知識も全然なく、完全に当てずっぽうで考えていました。今思い出すと恥ずかしくなります…)。

主に以上のようなことが、僕がチュノムに興味を持つに至った背景としてあるのですが、本格的にチュノムに触れるようになったのは、去年大学3年に進級し、自分の卒論のテーマとしてチュノム資料を研究対象とするテーマを選んでからのことです。それからというもの、チュノムの字典や資料を覗く機会が増えてきたのですが、だんだん知っているチュノムが増えてくると、ベトナム語の教科書にローマ字で書かれている単語をチュノムに変換して、ルビのように書き込んでみたり、何か簡単なベトナム語の文を書くにも、わざわざチュノムで書いてみたりするのが自分の中で楽しみになりました。でも、そういうことをしているのが他の人に見つかると「お前変人なんちゃうん?」というような視線を向けられたり、あるいはチュノムを勉強していることを話すと「そんなこと勉強しても役に立たないんじゃないの?」というような反応をされたりすることも少なくありません(笑)。

そこで、僭越ながら、僕なりにチュノムの魅力や長所をご紹介したいと思います。

まずは、チュノムを知ることで、ベトナム語についてより深く知ることができるということです。チュノムは昔のベトナム語を表記するために用いられていた文字ですから、それが書かれた当時のベトナム語を知る上での貴重な資料としての価値があります。例えば、先述した①や②のように、チュノムには漢字の音を利用してベトナム語の音を表しているものが多いのですが、このことを手がかりに、昔のベトナム語の音を復元できたりすることがあります。チュノムはベトナム語の歴史を辿る上で必要不可欠なものだと言えるでしょう。

また、ベトナムの古典を読む上でもチュノムは重要な意味を持つと思います。とはいえ、有名な古典文学の作品であれば、クォックグー表記に転写されているだろうし、それで事足りるという人が多いかもしれません。それでも、その転写を行うには誰かがチュノムを読めないことには成り立たないですし、またチュノムをどう読むかについて、人によって解釈が分かれたりすることなどもあり得ます。また、チュノムで書かれた文献の性格によっては、ベトナムの歴史や文化などを知る上で大きな意義を持つこともあると思います。以上のような面でも、チュノムの果たす役割は小さくないと思います。

さらには、チュノムを知ることにはベトナム語学習に役立つ側面があるのではないかとも思います。日本の人がベトナム語を学習する際、漢越語の語彙については、その語彙に対してどのような漢字が対応するのかを意識しながら勉強される方が少なくないと思うのですが、チュノムは漢越音を応用しているものが多いので、チュノムを勉強すれば、それと同時に漢越音の知識も増えます。また、先に述べた②に分類されるようなチュノムですと、そのチュノムが表すベトナム語の音のみならず意味も漢字を通じて知ることが出来ます。チュノムは複雑な字形を有していることもあり、難しそうだと敬遠されがちですが、日常生活の中で漢字を使っている日本のような国・地域に暮らす人々にとっては、ベトナム語学習に有効活用できる可能性を秘めた文字だと言えるのではないでしょうか。

というわけで、チュノム、オススメです(笑)
長々と書いてしまってすみません。
お読みいただきありがとうございました。

ベトナムを代表する古典文学『金雲翹 (Kim Vân Kiều)』の冒頭部分。チュノムの読み書きには漢字の知識を有していることが前提となるため、その使用は一部の知識階級に限られていましたが、ベトナム文学史上に名を残す多くの作品がチュノムによって著わされています

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