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おじいちゃんと山椒味噌

山椒の香りが大好きだ。
特に5月の新芽が出てきたときには、ああまたこの季節がめぐってきたなあと忘れかけていた夏の気配を少し思い出す。

うどの回でも登場した祖父は90を過ぎているがまだまだ元気である。
庭仕事や畑仕事をバリバリこなす祖父の体力は孫の私をも凌ぐのでは…と思うことが時々ある。

今回はそんな祖父と山椒味噌の話。


小さいころから、5,6月になるといつも祖父と一緒に山椒味噌を作っていた。子どもの頃は食べられなくとも、作る過程が楽しかったのだ。

だが今回はnoteにも書くためにと自力でやってみようと思い立った。

「今年は自分で作ってみるよ。」

「そうかい」


まず山椒をどのくらい採ったらいいのか祖父に聞くと「かなりいる」ということであった。祖父はわりと(というか結構)アバウトである。

棘に気を付けながら新芽を中心に収穫するが、なかなか山椒味噌にするほどの量にはならない。
採ったものを祖父に見せると、まだ全然足りないそう。
「すりつぶすから全部新芽の必要はないんだよ」
なるほどたしかに。そのまま食べるわけではないから、山椒味噌にするものは多少育っている硬い葉でも問題ないのだ。
「一緒に採ろう」
つっかけを履くと祖父は外に出ていき、ものすごい勢いで山椒の葉をちぎり始める。



最終的に両手1.5杯分くらいを収穫した。

「ありがとう、さっそく作ってみるよ。」
そう声はかけたが、祖父は何か言いたげだった。


さっそく準備に取り掛かる。
まずは山椒を洗う。

そして山椒を水にはなっている間に調味料とお湯を用意する。

味噌、みりん(煮切ったもの)、砂糖を適量ずつ。
洗った山椒の上に一度お湯をかけるといいと祖父から事前に教わっていたのでお湯も沸かしておく。


さてやるか!と思っていた矢先、
「かおりさんかおりさん」台所の外で呼ぶ声がする。
おじいちゃんがやってきた。

「洗ったかい。じゃ、太そうな軸をとって」
「・・・はい」
こうなるともうおじいちゃんのペースである。
孫は助手に徹するしかない。


「お湯」
「はい」

メスを渡す助手さながらお湯の入ったポットを手渡す。
お湯を回しかけると山椒の香りが一気に立ち上る。

祖父が水滴滴る山椒をそのまますり鉢に入れようとするので、私がすささず「いや、水気切って!」とペーパーを渡し、ふき取ったものをすり鉢に入れる。

用意しておいた調味料を見た祖父が「味噌は白味噌のほうがいいよ」と言うので白味噌に変更する。(※完全に祖父ペースになっており写真を撮る暇がありません)
「砂糖もいらない」
「はい」
師匠の言うことは絶対だ。


すり鉢ですりつぶしていく。

「おじいちゃんはこっちのほうがやりやすい」
床にどっかと座って足の間にすり鉢を挟み、慣れた手つきでダイナミックにすりこ木を操っていく。

「みりん」
「はい」
ジャッと結構な量が入る。
結構入ったけど大丈夫なんだろうか・・・と思っていると
「あ。入れすぎたなあこりゃあ」
と祖父はのんきに笑っている。
ほらいわんこっちゃない・・・

水っぽいけど大丈夫か?!

続いて白味噌を加え、さらに混ぜ合わせていく。

白味噌を加えると先ほどよりは硬めになった。

「なからいいね」(なから:”だいたい”の意)
祖父がすりこ木を差し出し、味見するように促す。
なめてみると山椒のピリッと爽やかな香りと甘さが相まって美味しく仕上がっていた。
祖父は満足そうにゴムベラですりこ木に付いた山椒味噌を拭い取る。

私はちょっと甘いようにも感じたけれど。これがおじいちゃんの今日の匙加減。


洗い物は私がやるからと伝えると、
「ああそうかい、ありがとね」と言ってよっこらしょと立ち上がった。
祖父は腰を伸ばしながら「そうそう、さっき蕗の煮物作ったからね」と言うので、指差す方を見ると居間のテーブルにいつの間にか器が置いてある。祖父の蕗の煮物は美味しいのだ。
お礼も言うまもなく祖父はさっさと台所を出ていってしまった。

台所の床には祖父が履いていたスリッパが変な方向を向いてそのまま残されている。

祖父を追いかけて、「ありがとう」となんだか可笑しくなって笑いをこらえながら言うと、

「はいじゃあねえ」と返ってきた。

祖父の声は嬉しそうで、私はその丸い背中を見送った。












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