見出し画像

伊良クレオール語

人工言語ド素人のわたしが、架空地図「伊良島いらのくに」のために架空言語を創る羽目になったよ。

なぜ日本語を使わないのか、という質問があれば、答えが「見ると日本と変わらない架空地図を作るのがそんなに面白さが感じないから」かも。せっかく架空地図を作るので日本とも中国とも欧州とも米国ともちょっと違う感じの土地であってほしいね。だからそこで使われる言語もそうなってほしい。こういうわけで自分の語学力全開で架空言語を作ることになった。架空地図をコンピューター(Inkscape)で本格的に描き始めてから2年余り経ってやっと架空言語伊良いらクレオール語」(ila creole) の基本がまとまった時点で今その詳しい設定を公開します。読者の皆様どうぞよろしく~

伊良クレオール語の例文(随時更新)は、以下の記事に参照。


文字の選択

架空言語を作るとき初めてぶっつける問題は、「どんな文字で書くか」だよね。まずは、漢字地名が好きだから(実は漢字以外の地名がなかなか脳に覚えられないから)漢字を使うことを決めた。漢字が読める人でさえあれば架空言語がわからなくても文章の意味がなんとか分かるという利点もあるし。(一目でわからない架空言語だったら敬遠されがちなことは承知しておりますから)

漢字の読み方には日本語みたいに音読みと訓読みがある。音読みは中古漢語(隋から南宋までの中国語)での読み方から独自のルール(後述)で変化して生成された音で、現代のすべての言語よりも中古漢語に近い(中古漢語が大好きだから)(日本訛りが強いけど中古漢語で話すことも漢詩を中古漢語で音読することも少しだけできる人なのだ)。訓読みは強く音変化(後述)された和語と先住民の言葉の両方がある。


そして、中国語ではないから、漢語でない言葉を表すためになんらかの補助文字も必要なのが通例。結論から言うと、日本語と「見た目で」同じく仮名を補助文字にしてる。つまり伊良クレオール語も漢字かな交ジリ文になってる。

漢字文化圏の補助文字には、ベトナム語やチワン語のように字喃のような表語文字を作るアプローチと、かなやハングルみたいな表音文字を使うアプローチがある。前者は今のUnicode時代では難易度が高そうであきらめた。新しい表音文字を作ることも同じ理由で断念(これを実現させた架空地図にはイザランドという良い例があるので興味のある方はご参照を)。

ハングルを使わなかった理由は、伊良クレオール語には/s/と/ʃ/(スの子音とシの子音、中古漢語では心の子音んと生の子音)の発音が両方あって、それを韓国語で区別されていなく、ハングルでは中国語の両方の発音を区別するために「ᄼ」(歯頭音、/s/)と「ᄾ」(正歯音、/ʃ/)の文字が用意されているけど、これらがUnicode符号表に単独で存在してるだけで、音節に組み込まれた形で符号位置が与えられてなく、フォントによって正しく表示されないことが多いから。(とはいえ実は仮名を使った真の理由は、大和言葉の駅名をひらがなで地図に書き込みたいことなのだ)


が、伊良島の地図をご覧になったあなたなら、こういうツッコみを入れてくださるだろう。「伊良クレオール語にはlákやsélのような閉音節と、ǝやøのような変な母音もあるが、こいつらをどうやってかなで表すの?」これについてわたしも大変困ってきたけど、解決の鍵は「大和言葉そのものを閉音節化させる」ことだった。

伊良島の日本海の中央という立地により、漢字と漢語が唐から渤海と新羅を経てもたらされて、仮名と大和言葉が日本から奈良時代と平安時代にわたってもたらされた。しかし、鎌倉時代に入ると伊良島と日本の交流がほとんど絶たれた。そして、平安時代末期(ハ行転呼後)の大和言葉が母音の種類が多く閉音節も発達した先住民の音韻に接近し、語頭以外のイ段とウ段の仮名が母音を失って閉音節の韻尾となった。イ段は(ゲルマン諸語と同様に)母音を失う過程で前の母音をウムラウトさせた (ä→e, ǝ̈→i, ö→ø, ü→y)。

また、漢字の音読みは中古漢語を直接先住民の音韻に適応させた結果で、この段階でeu→ø, iǝ→ǝ, yi→y, tri→trなどの母音変化があった。一方で仮名で表される漢音も日本より伝来し、この両方の間にてエウ=ø、オ=ǝ、ヲ=o、ヰ=y、イ=i, rなどの対応関係が形成された。

これらの自然発生的な現象を基に何人もの学者による標準化を経て、14世紀に伊良島特有の仮名遣いが確立された。日本語とは独立的にti→chi, tu→tsu, f→hの変化が発生していない。第二次世界大戦後、ハ行転呼された音節が表音的に記されるようになった。


ちなみに、øはドイツ語のö、yはドイツ語と中国語のü、ǝ /ɯ/は日本語のウ、uは中国語とドイツ語のu・英語のoo、r /ɻ̍/は中国語のri、e /je/は日本語で書くとイェ・中国語と英語のyeのような音です。日本語のローマ字と同じ発音のはa, i, o。

音素(母音・子音・アクセント)

すべての言語は決めた音素しか発音されない。架空言語も例外であるまい。つまり、音素の範囲を決めなければならないのだ。

わたしは中古漢語が大好き(何度目言ったのだ)だから、伊良クレオール語の子音も中古漢語みたいに、唇音・舌音・歯頭音・正歯音・牙音・喉音の6種類づつ全清・次清・全濁・次濁の4つある。そしてこの6列にa, i, u, e, o, ǝ, y, ø, rの母音9つをなるべく子音の特性に合わせたように配置。漢詩を平仄正しく読むために声調(アクセント)が低(平声)と高(仄声)の2つある。これで35=6×6-1の音素ができたけど、「1マス空いてる」という酷評を頂いたので、その空いたマスに唇音vで足した。

次の表では、36の音素のカタカナとローマ字での表記、そして発音(国際音声記号)を羅列する。

$$
\begin{array}{|c|c|c|c|c|c|c|}
\hline
& 喉音 & 牙音 & 正歯音 & 歯頭音 & 舌音 & 唇音 \\
\hline
全 & \text{ッ =} & \text{ク k} & \text{シ° ç} & \text{ス° c} & \text{ツ t} & \text{プ p} \\
清 & \text{/C/} & \text{/k/} & \text{/tʃ/} & \text{/ts/} & \text{/t/} & \text{/p/} \\
\hline
次 & \text{°◌ h} & \text{°ク x} & \text{シ ş} & \text{ス s} & \text{°ツ þ} & \text{フ f} \\
清 & \text{/h/} & \text{/x/} & \text{/ʃ/} & \text{/s/} & \text{/θ/} & \text{/f/} \\
\hline
全 & \text{◌゙ q} & \text{グ g} & \text{ジ j} & \text{ズ z} & \text{ヅ d} & \text{ブ b} \\
濁 & \text{/ʕʷ/} & \text{/g/} & \text{/dʒ/} & \text{/dz/} & \text{/d/} & \text{/b/} \\
\hline
次 & \text{ン =} & \text{ク° ŋ} & \text{ニ ñ} & \text{ヌ n} & \text{ル° l} & \text{ム m} \\
濁 & \text{/N/} & \text{/ŋ/} & \text{/ɲ/} & \text{/n/} & \text{/l/} & \text{/m/} \\
\hline
開 & \text{ア a} & \text{エ e} & \text{イ i} & \text{オ ǝ} & \text{ル r} & \text{ヴ v} \\
口 & \text{/a/} & \text{/je/} & \text{/i/} & \text{/ǝ/} & \text{/ɻ/} & \text{/v/} \\
\hline
合 & \text{ヲ o} & \text{エゥ ø} & \text{ヰ y} & \text{◌. ◌} & \text{.◌ ◌́} & \text{ウ u} \\
口 & \text{/o/} & \text{/ɥø/} & \text{/y/} & \text{/˨/} & \text{/˦/} & \text{/u/} \\
\hline
\end{array}
$$

ここで/C/が促音、/N/が撥音、=が次に来るローマ字を重複することを表す。/˨/が低アクセント、/˦/とローマ字の◌́が高アクセントを表す。また、日本語とは違ってオ=ǝ、ヲ=o、タ行の子音が全部t、ハ行の子音が全部fになっている。

ローマ字のǝの文字がU+01DD "LATIN SMALL LETTER TURNED E"であって、U+0259 "LATIN SMALL LETTER SCHWA"ではない。また、şの文字がU+015F "LATIN SMALL LETTER S WITH CEDILLA"であって、U+0219 "LATIN SMALL LETTER S WITH COMMA BELOW"ではない。大文字はこれに準ずる。

音節と正書法(仮名遣い)

直音

直音は、「子音+主母音」構造の開音節を指す。

-a, -e, -o
主母音がa, e, oの直音は、ア・エ・ヲ段の仮名で直接記す。但し、ア行、サ行、ナ行、ラ゚行は次の表の通りになる。
例:ハ=fa/fa/、ア゙=qa/ʕʷa/、ゲ=ge/gje/、セ゚=çe/tʃje/、ロ゚=lo/lo/、°ト=þo/θo/

$$
\begin{array}{|c|c|c|c|c|c|c|c|}
\hline
\text{ア a} & \text{°ア ha} & \text{ア゙ qa} & \text{サ sa} & \text{シャ şia} & \text{ナ na} & \text{ニャ ñia} & \text{ラ゚ la}\\
\hline
\text{エ e} & \text{°エ he} & & \text{スェ se} & \text{セ şe} & \text{ヌェ ne} & \text{ネ ñe} & \text{レ le}\\
\hline
\text{ヲ o} & \text{°ヲ ho} & \text{ヺ qo} & \text{ソ so} & \text{ショ şio} & \text{ノ no} & \text{ニョ ñio} & \text{ロ゚ lo}\\
\hline
\end{array}
$$

-i, -u
主母音がi, uの直音は、イ段+ィ・ウ段+ゥのように記す(語頭や形態素の始めなど紛らわしくない位置ではィ・ゥが省略可)。イ段とウ段の仮名(イ・ウ・ユ・ヰを除く)が語頭以外に単独で現れると母音を失って子音だけを表すようになったのだ。但し、ア行、サ行、ナ行、ラ゚行は次の表の通りになる。
例:キィ=ki/ki/、°イ=hi/hi/、ヅゥ=du/du/、プゥ=pu/pu/

$$
\begin{array}{|c|c|c|c|c|c|c|}
\hline
\text{イ i}& \text{°イ hi} & \text{スィ si} & \text{シィ şi} & \text{ヌィ ni} & \text{ニィ ñi} & \text{リィ li}\\
\hline
\text{ウ u}& \text{°ウ hu} & \text{スゥ su} & \text{シュ şiu} & \text{ヌゥ nu} & \text{ニュ ñiu} & \text{ル゚ゥ lu}\\
\hline
\end{array}
$$

-y, -ø, -ǝ, -r
主母音がy, ø, ǝ, rの直音は、ヰ=y・エゥ=ø・オ=ǝ・ル=rにより、ア行以外はウ段+ィ・エ段+ゥ・オ段+ォ・イ段+ㇽのように記す。但し、サ行、ナ行、ラ゚行は上の-u, -e, -o, -iの表に準ずる。音節sr, nr, sy, nyは存在しなく、シㇽ=şr・ニㇽ=ñr・スィ=şy・ヌィ=ñyに統合される。
例:へゥ=fø/fø/、ゲゥ=gø/gø/、オ゙=qǝ/ʕʷɯ/、ロ゚ォ=lǝ/lɯ/、シ゚ㇽ=çr/tʃɻ̍/、 °チㇽ=þr/θɻ̍/

-ai, -au
主母音がai, auの直音は、ア段+イ・ア段+ウのように記すが、日本語とは違い1モーラで発音される
例:°カイ=xai/xaj/、ダウ=dau/daw/

拗音

拗音は、「子音+介音+主母音」構造の開音節を指す。介音はi, u, y, r, ru, l, sであり得る。

-ia, -iu, -io, -iǝ
介音がiの拗音は、ヤ=ia・ユ=iu・ヨ=io・ヨォ=iǝにより、ア行以外はイ段+ャ・イ段+ュ・イ段+ョ・イ段+ォで記す。
例:キャ=kia/kja/、°ユ=hiu/hju/、シ゚ョ=çio/tʃjo/、ヂォ=diǝ/djɯ/

-wa, -wǝ
介音がwの拗音は、ワ=wa・ウォ=wǝにより、ア行以外はウ段+ヮ・ウ段+ォで記す。
例:クヮ=kwa/kwa/、°ワ=hwa/hwa/、ス゚ォ=cwǝ/tswɯ/、ヅォ=dwǝ/dwɯ/

-ya, -ye, -yǝ
介音がyの拗音は、ヰャ=ya・ヱ=ye・ヰォ=yǝであるが、ア行以外はウ段+ャ・ウ段+ェ・ウ段+ョで記す。
例:クャ=kya/kɥa/、°ヱ=hye/hɥe/、ス゚ェ=çye/tʃɥe/、ヅョ=dyǝ/dɥɯ/

-ra, -ru, -ro, -rǝ, -rua, -ruǝ
介音がr, ruの拗音は、ラ=ra・ルゥ=ru・ロ=ro・ロォ=rǝ・ルヮ=rua・ルォ=ruǝにより、ア行以外はア段+ㇻ・ウ段+ㇽ・オ段+ㇿ・オ段+ㇿォ・ウ段+ㇽヮ・ウ段+ㇽォで記す。
例:ヷㇻ=vra/vɻa/、°ルゥ=hru/hɻu/、ツㇽ=tru/tɻu/、ポㇿ=pro/pɻo/、ク゚ㇽヮ=ŋrua/ŋɻwa/、ジㇽォ=jruǝ/dʒɻwɯ/

-l-, -s-
介音がl, sの拗音は、ウ段+ラ゚行・ウ段+サ行で記す。
例:クラ=kla/kla/、プソォ=psǝ/psɯ/

撥音

は撥音を表すが、前の音節と合わせて1モーラで発音される。

促音

は促音を表すが、前の音節と合わせて1モーラで発音される。

閉音節

閉音節は、「開音節+子音」構造の音節を指す。音節末尾の子音はk, ŋ, ş, ñ, s, n, t, l, r, p, m, vであり得る。

ウムラウトしない場合
開音節の後に、拗音でないク=k・ウ゚=ŋ・ス=s・ヌ=n・ツ=t・ル゚=l・ル=r・フ=p・ム=m・ヴ=vが来る場合、閉音節になる。前に来る母音が変化しない。
例:まつ=mat、さく.ら=sakrá、そう゚=soŋ、ろぉう゚=rǝŋ

ウムラウトする場合
開音節の後に、拗音でないキ=⸚k・イ゚=⸚ŋ・シ=⸚ş・ニ=⸚ñ・チ=⸚t・リ=⸚l・ヒ=⸚p・ミ=⸚mが来る場合、閉音節になる。「 ⸚ 」は前に来る母音がウムラウトすることを表す:ä→e, ǝ̈→i, ö→ø, ü→y。母音e, i, ø, y, rは不変。
例:つき=tyk、ほし=føş、.く゚ぇり=ŋyél、せい゚=seŋ

語彙

伊良クレオール語の語彙は先住民語・漢語・和語・朝鮮語・渤海語・西洋語と多種多様の語源をもっている。先住民の言葉は仮説の「漢蔵倭シナ・チベット・ヤマト祖語」より派生した、漢蔵シナ・チベット語族と日琉語族とは別の分岐であるとされる。(シナ・チベット・ヤマト語族が存在するとわたしが信じているとは意味しない。架空言語の設定としての仮説に過ぎない)

漢字の読み方として、漢語由来のものが音読み、それ以外が訓読みという。訓読みの中には和語が和訓、先住民語・朝鮮語・渤海語由来のものが国訓または伊訓、それ以外外来語由来のものが洋訓と分けられる。

方言区分

伊良クレオール語は3つの方言に大別できる。各方言は文法がほぼ同様であるが、発音と語彙の差が著しい。

中西方言 (ila-cw)禾州いなす浦州うらす灘州なだす鋁州アルミす嶺州おねす津州つのす峪州たにのすの西半分・源州みどす葦原湖あしわらみづうみ北岸に話されている。中古漢語由来の漢語が圧倒的な比率を占めており、渤海語・和語・先住民語・朝鮮語の語彙も一定数ある。

東北方言 (ila-ne)岬州みさきす峪州たにのすの東半分・硅州くぇのす峰州みねすの北半分・源州みどすの北部山中に話されている。先住民語と漢語がそれぞれ半分程度占めており、渤海語と和語も存在。

東南方言 (ila-se)鹽州しをす峰州みねすの南半分・源州みどす葦原湖あしわらみづうみ南岸に話される。平安時代の言葉を主とする和語が漢語とそれぞれ半分程度占めており、先住民の語彙も存在。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?