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音を見るトレーニングをはじめる前に

前回のつづきです。

はじめに


これから書くことは、基本的に私自身の経験に基づいています。

音響学や音響心理学、脳科学、認知科学などの専門知識はまるで無いのですが、何となくそれらしい事を書いてしまっています。

おそらく間違った内容もあると思いますので、その点はご容赦ください。

音を見るって特別なこと?


「音を見る」スキルは、共感覚のような個人特有の知覚ではなく、
またオーディオ関連でよく言われるオカルトの類でもありません。

トレーニングによって誰でも習得可能だと思っています。

その理解のためにも、先に私が考える理屈を説明したいと思います。

物は見れるのに音は見れないのは何故?


人は目を開けているとき、絶えず周りの物を見ていて、
ほぼ無意識にそれらを把握しています。

なぜこのような事が当たり前に出来るのかと言えば、
人が生きるうえで必要なスキルとして、
幼少の頃から自然と鍛え上げられているからです。

その視覚の働きの中でも特に、
空間における物の位置や形などを瞬時に把握する能力(空間認識能力)は、
人が活動するうえで必要不可欠といえるでしょう。

では、聴覚はどうかといえば、
おそらく人が生きるうえで必要とされる能力は、
音による危険の察知と、声による言語の認識だと思います。

音の察知のプロセス


たとえば、不意に後ろで何か大きな音がしたとき、
反射的に振り返って、何が起きたのかを確認しようとした経験はありませんか?

この行動から推察できるのは、
まず、耳も目と同じように、常に無意識的に音の情報を拾っているということです。

おそらく人の脳には、音の大きさや音色などを対象にしたセンサーのような働きがあって、
普段はそれに応じて注意が移る仕組みなんだと思います。
(脳の負担軽減のためでしょうか?)

そして、反射的に振り返れることから、
注意を向けた音の大まかな発生位置(方角と距離)を捉える能力があることもわかります。

しかし、
最終的に何が起きたのかを確認するのは、やはり目なんですね。

結局、人は視覚情報がメインで、
普段の生活の中で音の位置情報に正確さは必要とされていないがために、
その知覚能力も劣ってしまっていると考えられます。
(個人差はあると思います)

音にフォーカスする能力


「カクテルパーティー効果」という言葉はご存知でしょうか?
wikiから一部を引用します。

カクテルパーティー効果(カクテルパーティーこうか、英: cocktail-party effect[1])とは、音声の選択的聴取 (selective listening to speech)[2]のことで、選択的注意 (selective attention) の代表例である。
……
カクテルパーティーのように、たくさんの人がそれぞれに雑談しているなかでも、自分が興味のある人の会話、自分の名前などは、自然と聞き取ることができる。このように、人間は音を処理して必要な情報だけを再構築していると考えられる。この機能は音源の位置、音源毎に異なる声の基本周波数の差があることによって達成されると考えられる。つまり、このような音源位置の差や基本周波数の差をなくした状態で、複数の人の音声を呈示すると、聞き取りは非常に難しくなる。

出典: Wikipedia

上記のようなことは誰しも経験があるかと思いますが、
基本的に無意識で行なっていることなので、ピンとこない人もいるかもしれません。

おそらく人は言語でコミュニケーションをとることから、このような能力が発達しているのだと思いますが、

この現象から分かることは、
人は特定の音にフォーカスする能力に優れているということです。

このときに脳が行う処理としては、
周波数や位置情報をもとにした動的なフィルタを掛けることで、
注目したい音の情報だけを抽出している(絞っている)と考えていいと思います。

人はこのような音の処理をほぼ無意識的、または感覚的に行なっているんですね。

そしてこのような働きは声に限らず、
楽器の音を聴き分けるときなど、音楽を聴くときにも使われています。

音質の違いが分からない?


私の個人的な考えですが、
オーディオなどで音質の違いが分からない原因の一つが、これなのではないかと思っています。

つまり「音の違い」を意識して聴くあまりに、
特定の音にフォーカスする能力が強く働いてしまい、
無意識のままフィルタを通して音を比較している可能性がある、ということです。

このフィルタは、その音の特徴的な部分だけを抽出するので、
結果的にどちらも同じような音に聴こえてしまうんですね。

もちろん聴力には個人差があるわけですが、
逆にいえば、このフィルタの機能が強すぎる人だっているはずです。

もしかしたら、緊張した状態とリラックスした状態とで、フィルタの掛かりに違いが出るかもしれませんし、(これは経験があります)

他にも、音の近さ(イヤホンなどの使用)、音量の大きさ、音の好き嫌いなども関係しているかもしれません。

とにかく、音質の違いが分かるかどうかは、
人が音を捉えるときの本能的な働きが関係している可能性があるので、
単純に耳が良い悪いの話ではないと思っています。

完全に余談です(非可逆圧縮の話)


最近はMP3やAACなどの、音声圧縮された音源を聴く機会も多いと思います。

音声の非可逆圧縮は、人の聴覚の特性に基づいて、
人には聴こえにくい音の情報を削除することで実現されていますが、
ここで注意すべきことがあります。

それは、これらの圧縮技術ではステレオフォニックが考慮されていないという点です。

一般的に世に流通している音楽は、2chのステレオフォニックで制作されていますが、
音声圧縮は通常、L(左ch)とR(右ch)のそれぞれに独立して適用されます。

つまり、それぞれのチャンネルをモノフォニックとして(1つのスピーカーで)聴いたときに聴こえにくい音が、それぞれ削除されるのです。

しかしその中には、左右の音がステレオフォニックとして合成されることで聴こえる成分もあるはずなんですよね。

そのため、正確なステレオフォニック再生をして「音を見る」と、最高ビットレートでも音質の劣化がはっきりと分かります。

私の感触では、その違いは聴感上よりも、
音像の量感が減ったり、拡がり方や消え方に不自然さがあったりと、
目に見える違いとして表れやすい印象があります。

なお、イヤホンやヘッドホンで聴く場合にはバイフォニック再生になりますが、
こちらはモノラルでの聴き方(片chを片耳で聴く)になるので、
ステレオフォニック再生よりも音質の劣化を感じにくいのではないかと思います。

興味のある方はぜひ聴き比べてみてください。

視覚との類似性


先ほど聴覚は特定の音にフォーカスする能力に優れていると言いましたが、

視覚でも同じような経験はないでしょうか?

たとえば、スマホに熱中していて周りが見えていなかったり、
アイドルのライブで推ししか見えなかったり(ちょっと違うか?)

何かに釘付けになると、それ以外のものが見えにくくなりますよね?
(このような経験は子供の頃のほうが多いかもしれません)

でも普段の生活ではどちらかといえば、
無意識的にも意識的にも、なるべく視野を広く保つようにしながら、
周りを見ているのではないでしょうか。

たとえば車の運転では、なるべく遠くを見ながら視野を広く保ちつつ、
道路にも車にも常に注意を払わなければいけません。

シューティングゲームなどでは、なるべく画面全体に気を配るようにして、
自分と周りの状況を常に確認しながらプレイしているはずです。

もしかしたらその違いは、
「注意の向け方の違い」でしかないのかもしれませんが、

人の視覚においては、視野を広く保ちながら、より多くのものを把握し続ける能力に優れているといえると思います。

そしてこの能力が優れているからこそ、
人は周りにあるものを空間として認識できるのでしょう。

いわゆる、空間認識能力と呼ばれるものです。

空間認識能力とは


wikiから一部を引用します。

空間認識能力(くうかんにんしきのうりょく)とは、物体の位置・方向・姿勢・大きさ・形状・間隔など、物体が三次元空間に占めている状態や関係を、すばやく正確に把握、認識する能力のこと。空間認知(くうかんにんち、英: spatial perception、独: Raumwahrnehmung)、空間識(くうかんしき)、空間知覚(くうかんちかく)の能力をいう。
……
球技等で狙った場所にボールを当てることや、飛んでくるボールを掴むこと、もしくは2次元に描写された地図を見て、その地形の構造を把握する能力、これが空間認識能力に当たる。

出典: Wikipedia

空間知覚」というのが、
目で見た物の位置や形などを瞬時に把握できる能力のことです。

そして「空間認知」ですが、
ざっくり説明すると、
物の位置関係を脳内でイメージして維持できるという能力になります。

たとえば、特に意識をしなくても、
一度目で見た物は、視界から外れた後でも大体の位置を把握できているはずです。

人が前を向いたまま歩けたり、
スポーツをしたり乗り物を運転できたりするのは、この能力のおかげなんですね。

つまり、人は視覚から得た大まかな位置情報を、3次元の空間的なイメージとともに把握していると考えられます。

おそらくこれには平常時の脳の負担を減らす役割もあって、
たとえば繊細な作業をする時や、正確さが要求されるような場面など、
必要に応じて目視でその精度を上げるといった習慣が、自然と脳の省エネになっているんだと思います。

さて、空間認知の能力ですが、これだけではありません。

たとえば、地図や部屋の間取り図を見たときには、
実際に見た記憶にある地形や構造を思い浮かべながら、その図形を推測または理解することができると思います。

また、3Dのシューティングゲームなどでは、
画面の中にあるステージや立体のモデルを、現実にある地形や物のように認識しながらプレイできます。

これらも同じ空間認知の能力で、
人は架空のものであっても、立体的な形や位置関係を想像して、
それらを脳内で空間的なイメージの中に描写できるんですね。

なかなか汎用性の高そうなスキルです。

空間認知を転用する


というわけで、話を本筋に戻しますが、

この空間認知って音に対しても使えそうではありませんか?

そもそも、目と耳が2つずつあるのは何故かといえば、
どちらも対象の位置情報を得るためです。

それ故に人には空間認識能力が備わっていると考えれば、
むしろ聴覚でも活用すべきでしょう。

やり方としては、人は意識的に視覚による空間認知ができますので、
それと同じ要領で、聴覚による空間認知も実現できるのではないでしょうか?

ただ、空間認識能力には個人差があるので、
苦手な人はまずこれから鍛える必要があるかもしれません。

幸いにも、この能力のほとんどは脳の働きによるものですので、
大人になってからでもトレーニングにより鍛えることが可能です。
(詳細は調べてみてください)

まとめます


長くなってしまいましたが、聴覚と視覚の特徴を比較しつつまとめてみます。

聴覚の特徴

  1. 日常生活のなかでは無意識的に音を拾っていることが多い

  2. 特定の音にフォーカスする能力が高い

  3. 音の発生場所を把握する能力(空間知覚)は低い

  4. 空間認知は使用されていない

視覚の特徴

  1. 日常生活のなかで意識的にものを見る機会も多く、それに慣れている

  2. 視野を広く保ちつつ多くのものに注意を向ける(または俯瞰して見る)ことができる

  3. 物の位置や形などを瞬時に把握できる(空間知覚に優れている)

  4. 日常的に空間認知を使用している

音を見るために必要なこと


以上のことより、音を見るために必要なことが大体分かってくるのではないでしょうか?

要するに、視覚で出来ることを聴覚でも出来るようになればいいわけですね。

  1. 普段から意識的に音を聴くようにする

  2. ひとつの音に囚われないよう、常に全方位の音に注意を向けるようにする(俯瞰して聴く)

  3. 音の位置を瞬時に把握できるようにする(音に対する空間知覚を鍛える)

  4. 空間認知を意識的に使用して、音像を空間的なイメージの中で維持できるようにする

理屈としては、なんとなく出来そうな気がしませんか?

ただし、私の経験上、注意しなければならないことがあります。

注意事項なので必ず読んでください


まず、カクテルパーティー効果をはじめ、
音を聴く行為のほとんどが無意識的な脳の働きによるものです。

現状では「音を見る」ことは無意識のままではできないので、
これからは意識的に音を聴くトレーニングが必要になります。

しかしそうなると、これまで無意識でやっていた事を意識的に出来るようにならなければ、日常生活において大変困るわけですね。

具体例を言うと、意識的に常に全方位の音に注意を向けていると、
ひとつの音に絞って聴き取りたいときの切り替えが難しくなります。

つまり、カクテルパーティー効果が弱くなる恐れがあります。(経験済みです)

急にカクテルパーティー効果を意識してやれと言われても、そのやり方ってわかりませんよね…?

これは結局のところ慣れるしかないのですが、
私の場合は、視覚と同じような感覚で注意の向け方を切り替えることで対応できています。

とはいえ、私自身、もはや昔と今とでその効果のほどを比較することは出来ませんので、
カクテルパーティー効果がどの程度働いているのかよく分かりません。

とりあえず、日常生活に支障は出ていないので、今のやり方でも大丈夫なんだろう、という認識でいます。

※ 逆にこの効果が弱いときは、フィルタを通さずに音をフラットな状態で聴けているということなので、音質の違いなどは分かりやすくなると思います

これから音を見るトレーニングを始めようとする人は、このようなリスクがあることに注意してください。

次回は…


次こそは、私が実際にしたトレーニングを、時系列に沿って説明したいと思います。

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