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わたなべ先生!

教育実習の二日目。保健室見学の時だった。
別室登校でやってきたその子は、ダルそうに教科書を開いた。
「この人たち、誰?」
保健室の先生にぶっきらぼうに聞く彼女に、保健室の先生は教育実習の大学生よ、と答えた。
「たしか、あなたのクラスの担当の先生もいたんじゃないかしら」
クラスを言われてびっくりした。わたしのクラスではないか。
「いつ、授業するの?」
「再来週かな?」
「ふーん、がんばって」
まだ心を開いていないわたしへのそっけない態度がやたらと気になった。

それから数日後、彼女の別室登校の付き添いで一緒にお弁当を食べることになった。
「先生、うちのクラスで何の教科教えるの?」
教科を答えると彼女は初めてニコッと笑った。
「うちのクラスのこと、教えてあげる」
彼女はいろいろなことを教えてくれた。
どの子が賢くて、どの子がお調子者、あの子は隣のクラスの子が好き…。
「当てても絶対答えるのはこの子、この子は寝てるけど聞いてるから当てても正解答えることが多い」
なるほど、勉強になるではないか。ふんふん、と聞きながら、まだ覚えきれていないクラスの子どもの顔を思い浮かべる。
「先生、次いつうちのクラスで授業するの?」
明日かな、と答えると彼女はニコッと笑った。可愛らしい笑顔だった。
「わたし、先生の授業行こうかな」

次の日、彼女は教室にやってきた。
わたしの授業を受けながら、ニコニコ笑っていた。彼女に採点されている気がして、指導教諭の視線より彼女の視線が気になった。
「先生、授業上手じゃん」
黒板を消しながら言ってくれた彼女の一言は指導教諭からの褒め言葉より嬉しかった。

その後、彼女は別室登校からクラスへ戻った。彼女曰く、クラスに戻るタイミングがなかったけど、わたしの授業をきっかけに戻れたらしい。
わたしの最後の授業の日、指導教諭、大学の教授、校長が授業を見にきた。さらに、彼女を教室に戻した教育実習生を拝みたいと心理カウンセラーと保健室の先生も来た。
普段よりずっと多いギャラリーにわたしもクラスも緊張したが、彼女だけは普段通りニコニコしていた。
「先生、ファイト!」
口パクで彼女が送ってくれたエールは今もたまに思い出す。あれほど心強かった言葉はない。

コロナがひどくなる少し前、彼女に出会った。
「わたなべ先生!」と言われた時は少しびっくりした。すっかりお姉さんになった彼女は、気がつけば出会った頃のわたしと年齢が変わらなかった。
「先生が教室にもどるきっかけをくれたから、わたしもそんな教師になりたくて!」
キラキラした目で語る彼女を見ていると、本当にわたしの授業がきっかけで戻ってくれたんだと思った。
「気負わず、ニコニコ、いつもへらへら、でも芯を持って生きる。先生が教えてくれたことだよ」
どうか、彼女が素敵な教師になりますように。


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