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消えた紙飛行機

先日都内で強い雨が降った。ちょうど娘を園に迎えに行く時間帯に雨足が強まり、斜めに降り注ぐ水滴のせいで肩のあたりがびしょびしょに濡れた。いつもは薄明るい午後6時ごろなのに、空は既に墨のような黒さで、数分おきに稲妻が暗い空を割るようにして光った。娘は雷を怖がるので、園で怯えていなければ良いが…と思いながら、水溜りだらけの道を急いだ。

園につくと、娘は玄関先で私の到着を待っていた。お気に入りのB先生が隣にいて、ああ、良かったと思った。娘は先生の好き嫌いが比較的激しい方で、あまり好きでない先生と一緒にお迎えを待っていると、遠くから見てもそれと分かるくらいぶすくれている。愛想笑いという言葉は3歳の辞書には存在しない。

B先生にバイバイをして、最近買ったばかりの花柄の傘を娘に渡す。今までは雨ガッパを使っていたのだが、体重が15kgを超え、重心がしっかりしてきたからか傘を持っている時に風が吹いてもバランスを崩さず歩けるようになった。お気に入りの傘に娘はにっこりしながら、”これ見て〜!”と手の中に握りしめていたものを見せてくれた。

それなあに、と娘に訊くと、”B先生が作ってくれた紙飛行機!”と得意げである。青色の折り紙で折られた紙飛行機で、翼の部分の構造がシュッとしていて格好良い。私が折ると飛びはするものの形がなんとなくダサい紙飛行機しかできず娘には不評だったのだが、なるほど園ではこんな格好良い飛行機を作ってもらっていたのか、と思わず納得した。

そうしている間にもゴロゴロと低い雷鳴が聞こえてきたので、急いで帰ろう!と娘を促して園を出た。雨足はますます強くなっていた。普段は雷を怖がる娘だが、強い雨の非日常感と大好きな水溜りがたくさんあるのが嬉しいのか、雷鳴に泣くこともなくご機嫌だった。防水加工もしていない運動靴で水溜りに突っ込んでいくので、”マジでやめてほしい…”と内心強く思ったが、雨が強すぎてどちらにせよ靴はびしょびしょになっていたので、全てを諦めて小言は言わなかった。

水溜りに突っ込む娘の動きに注意しながら、家まであともう少しというところまでたどり着いた時のことだった。私の隣を歩いていた娘が、突然ワッと泣き出した。

3歳を過ぎてから、娘は泣くタイミングをコントロールすることができるようになった。腹が減ったとかおむつが濡れたとかで泣いていた生き物が、生理的欲求を満たすためではなく、”今、私は悲しいんですよ〜!”とアピールするために泣くようになった。
好き嫌いをして、父親に叱られた時。ワガママが通じず、怒られた時。自分が不利な状況に置かれているときに娘は泣いて見せるようになった。
悲しさが原因で泣いているのも事実なんだろうが、”私は泣いちゃうくらい悲しい!”というアピールの意味合いが強い。濁りのない綺麗な瞳に透明な涙がみるみる盛り上がり、しかし、視線はまっすぐに親の方に注がれている。明らかに”見られている”ことを意識した泣きで、赤ちゃんの啼泣とは質が違う泣きなのだった。

そんなわけで、大雨の中、久しぶりに赤ん坊のように顔をくしゃくしゃにして泣く娘を見て、私はかなりびっくりした。いつもだったら帰り道で娘が何かに気を取られて足を止めると、”さっさと帰るよ!”と即小言を言ったりするのだが、それもできないくらいの激しい泣き方だった。
よく見ると、娘の手のひらの中にあったはずの青い紙飛行機がなくなっていた。ああっ…と思わず声が出た。園からの帰り道のどこかで落としてしまったのだろう。
あたりは既に暗く、雨足はますます強く、私が着ていたワンピースは肩だけでなく裾のあたりまでびしょびしょで、一刻も早く帰りたい状況だった。しかし、今ここで紙飛行機を探しにいかなきゃ嘘だろと思ったので探しに行った。

私はあまり優しい親ではない。そもそも子どもという生き物が苦手だし(産む前からそうだったし、産んだ後もそれは変わらない)、子どもの可愛らしいわがままも基本的には飲まない。
だめだよ、が口癖の親なので、私がお行儀の悪いこと(例:立ったまま缶チューハイを煽る)をしていると、子どもが即”だめだよ!!”と言うようになってしまった。その口調がそこそこ強めで本気の叱責という感じなので、私は普段これくらいの強さで子どもを叱ってるのか…と毎回反省している。

真っ暗で大雨の降る道を探しても、紙飛行機はおそらく見つからないということは分かっていた。強い風も吹いていたし、もう間違いなくどこかに飛んでいってしまっている、仮に見つかったとしてもびしょ濡れで、娘が望むような姿では決してないだろう。それでも、水溜りだらけの道を戻り、植え込みの中などを探した。
初めは大泣きしていた娘も、降る雨の強さやびしょ濡れになった靴の冷たさで段々冷静になってきたのか、”ないね…”と呟くようになった。こういうのは引き際も大事なので、娘が納得した雰囲気を出したところで、私の方から”帰ろうか”と声をかけた。晩御飯も食べないといけないし、帰って温かいシャワーを浴びた方がいい。だからおうちに帰ろうね、と言うと、娘はまた少しめそめそしたが、それでも黙って私の後をついてきてくれた。

翌日も同じ道を通ったが、娘は”紙飛行機、どこに行っちゃったのかなあ?”と言いはするものの、もう泣いたりはしなかった。大雨の中、あんなに泣いていたのに、もう悲しみは昨日ほどではない様子だった。

その夜、入江亜季の『乱と灰色の世界』を読み返した。作中には主人公の小学生、乱が大切なひとと永遠の別れを経験するシーンがあるのだが、乱は深く悲しみ、取り乱すものの、やがてもう一度立ち上がり、強く美しい魔女へと成長していく。

子どもは色々なことを忘れることができる。大雨の中号泣するほど辛い別れを経験しても、翌日にはその痛みは和らいでいる。
今の私が同じくらいの痛みを伴う喪失を経験したら、と想像するだけでぞっとする。なりふり構わず、顔を真っ赤にして泣くくらいの喪失に、私の魂は絶対に耐えられない。
私が今所属する世界は、ありがたいことに私が望んで選んだ世界である。医者になりたくてなったし、子どもの親になりたいと思って母親をやっている。全てを自分で選択したがゆえに、何かを失えば私は深く傷つくだろうという予感がある。

子どもの所属する世界は、何一つ自分で選び取ることのできない世界だ。生まれる家庭も、通う園も、そこでの交友関係も全て親が用意したもので、全く選択の自由がない。
かつて、通っている学校も、周りの子どもも先生も全てが嫌で、何一つ自分で好んで選んだわけではない世界に所属せねばならないことに怒り狂っていた時期が私にもあった。

あの頃は、何を失おうとちっとも悲しくなかった。自分で選んだわけじゃない世界だったから、傷つくことを知らず、泣くこともなかった。
紙飛行機を失くした翌日にはけろっとしていた娘も、喪失の後に再び立ち上がった乱も、強いなと思う。それはかつての私が持ち、そして既に失った強さだと思う。

娘が所属する世界は親である私が選んだ世界だが、親が選んだものを気に入らなくても良い、と常々思っている。
気に入らなくても良い、こんなものは私の選択じゃないと怒っても良い。何を失っても、泣いたり怒ったりしながら前に進んで欲しい。
失ったものを一緒に探し、喪失の悲しみに親が寄り添うことができるのも、ほんの一瞬のことだろうなと思う。何を失くしても親に何も告げなくなる時はきっとすぐに訪れる。娘は大雨の夕のことをすぐに忘れるだろうが、私はきっと死ぬまで覚えている。

Big Love…