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いつも文鳥のための場所がある

先日文鳥を病院に連れて行った。特に体調を崩したわけではなく、定期検診のためだ。

本当は3ヶ月にいっぺんくらいは連れて行くつもりだったのに、仕事の忙しさを理由に延期してしまい、気づけば前回の受診から半年近くが経過していた。これはいかんと思い、7月の頭に重い腰をあげて連れて行ってきた。

お世話になっている先生は小鳥が専門のO先生だ。受診する立場になってみると、先生の物腰が柔らかく優しいと、それだけで救われる感じがする。
医師をやっている身からすれば、”良い先生”という言葉で思い浮かべるのは鑑別診断がスマートだったり、手術がうまかったりする先生なのだが、受診してみると分かる、良い先生というのは優しい先生である。

そもそも優しくないと今日はどんな心配があって病院に来たのかうまく伝えられないし、やってほしい検査があっても口に出せない。診察室という密室が患者側にプレッシャーを与えるのだ。診察室で患者は、先生と二人きりになる。診察室は基本的に先生のテリトリーであり、患者はそこにお邪魔する立場だ。入室して開口一番の”どうされましたか?”が威圧的だと、もう絶対にうまく話せる気がしない。

その点、お世話になっているO先生はめちゃくちゃ感じがいい。おかげで今回、年に1回程度行っている検査についてもきちんとこちらから話を切り出すことができた。患者側になってみると、その道の権威である先生に検査についてお願いをするのは思った以上にハードルが高い。向こうはプロで、こっちはインターネットや本で聞き齧った知識をもとに喋るど素人である。どう考えても先生の方に分がある。

でも、医師をやっている側は往々にしてそんなことは全く思っていないんですよね。他の先生がどうかは知りませんが、少なくとも私はそうです。素人が一丁前に意見しやがって…などと思ったことは本当に一度もないし、やりたい検査があるならむしろ早めに言って欲しいと常々思っている。
たまに、血液検査が全て終わった後に”実はXXという項目も気になっていて…”と切り出してくる患者さんもいて、”そ、それは採血をする前に言って欲しかったなあー!”と内心思ったりもするのだが、そういう時は私が無用なプレッシャーを相手に与えているんだろうなと思う。何事も言い出しやすい雰囲気を作るのも医師の仕事の一つである。

O先生はふんふん頷きながら私の拙い話を聞いてくれて、検査の必要性や希望について少し話をした後、検査を快諾してくれたのでほっとした。結局全く異常はなかった。正真正銘の健康ツヤツヤ文鳥である。これで一安心だ。

文鳥は最後に爪を切ってもらっていたが、保定(安全のため、適切な体勢でホールドすること)されて激怒し、先生の指を噛もうと躍起になっていた。そのあまりの激怒ぶりに”怒りっぽいね〜、かわいいね〜”と褒めてもらったので、文鳥の怒りっぽさと可愛さは医師のお墨付きである。

爪切りまで無事に終わって、通院用のケージに入れて待合室で会計を待つ。文鳥が見慣れぬ景色にパニックを起こすといけないので(文鳥は環境の変化にあまり強くない)、おやすみカバーという遮光性の布をかけ、大きなボストンバッグに入れて膝の上に乗せていた。窓の外を眺めながら、”帰ったら文鳥と遊んでやらないとな〜”と思った瞬間、ハッとした。

外出中は、いつも心のどこかに文鳥がいる。おうちは涼しく快適で、ケージの中にはご飯がたっぷりある。文鳥はいつも、お気に入りの止まり木でうとうとしたり、菜っぱをつまんで遊んでいたりする。それでも、一羽だけで飼っているから、私がいない時は寂しい思いをさせているかもしれないと思う。
帰宅すると文鳥は嬉しさのあまり半ば裏返ったような声で呼び鳴きをして、ケージの中を忙しなく動き回る。ケージの扉を開けて外に出してやると、前のめりの姿勢でつんのめって出てきて、私の手のひらの上に乗る。
嘴をギチギチ鳴らしたり、指と指の間に嘴を差し込んだりして喜びを全身で表現する。そのあまりに嬉しそうな様子に、帰宅するたびに胸がいっぱいになってしまう。

文鳥がそんなふうだから、家の外にいる時はいつも、早く家に帰らなくちゃと思っている。帰宅したらなるべく早く文鳥を外に出してやろう。いつもそう思っているせいで、おやすみカバーをかけられて、ボストンバッグに入れられたケージが私の膝の上にあるのに、早く家にいる文鳥に会いたいと思ってしまった。
目の前にいなくても文鳥を思うことは既に私の心の習慣になってしまっている。手のひらの上にいて、おなかのあたりの羽毛の柔らかさや温かさを感じている時、文鳥を愛しいと思うが、目の前にいなくてもずっと愛している。
習慣になった心の動きは急にやめられないことも知っている。こんなふうに文鳥のことがどうしようもなく好きになってしまって、いつか永遠の別れが来た時正気を保てるんだろうかと思う。

現在の時刻は午後9時前で、文鳥は既に眠っている。人生で初めて一緒に暮らした動物、大好きな文鳥。私の心の中には、目の前にいる時も不在の時も、常に文鳥のための場所がある。

Big Love…