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小児科を探して三千里

7月21日の朝、目を覚ますと娘が発熱していた。
前日の朝から、熱はないものの咳と嘔吐があったので保育園を休ませており、ある程度の覚悟はしていたが、朝起きた娘の脇に体温計を挟んでみたら38℃と表示された時には思わず”ウワーーーッ!”と内心叫んだ。

娘はあまり熱を出さない。これは医療従事者の娘としては非常に親孝行で、なぜなら娘が熱を出すと私はCOVID-19の濃厚接触者となる可能性があり、ただでさえ人員不足の現場を圧迫する恐れがあるからだ。

だが、21日の朝、発熱してしまったものはどうしようもない。即座に部長に連絡し、当日欠勤する旨を伝えた後、小児科探しの長い旅が始まった。
私の外来には子育て世代の親が受診することもしばしばあり、上気道症状で受診する親御さんは”子供が同じ症状で…”と仰ることが多い。大抵は子供からもらった風邪として対症療法で帰宅するのだが、親たちは口を揃えて、”小児科の予約が全く取れないんです”と訴えてくる。
私が勤務している病院の周りには子どもの診察が可能なクリニックも多く、小児科を標榜している病院も複数ある。正直、”予約が全く取れないなんてことがあるか?”と思っていた。

私の自宅の近くには、小児科の発熱外来をやっている病院がいくつかあることは確認済みだった。21日の朝も、まあいくつか病院を当たれば検査くらいはできるだろうと思っていた。

いくつかのクリニックや病院に電話をかけた。予約が取れないどころか、そもそも電話が繋がらない。

 Twitterなどで、病院に何十回も電話を掛けたのに繋がらない!と言っている人を見かけたことはあり、諦めずに掛ければいつかは繋がるのでは?と思っていたが、本当に電話が繋がらない。予約が取れないどころか、今日の予約が取れるか確認する段階に漕ぎ着けることができないのだ。

それでも、私が勤務可能か確認しないと、明日以降の私の勤務先の発熱外来を開けられるかどうかが怪しくなってくる。人員不足のせいで、私が勤務できなくなると大幅に発熱外来の枠を削らざるを得なくなる。それは絶対に避けたい。

近隣の病院3つに標的を絞り、とにかく何回も電話を掛けまくった。A病院に掛ける。繋がらない。Bクリニックに掛ける。繋がらない。C医院、やっぱり駄目。何十回もそれを繰り返し、気が狂いそうになってきた頃に、Bクリニックの電話が繋がった。

”あっ…ええと、すいません、Bクリニックですか?”

3つのクリニックに狂ったように繰り返し電話を掛けていたせいで、A病院に繋がったのかBクリニックに繋がったのかはたまたC医院なのか、繋がった瞬間に混乱してしまってうまく言葉が出なかった。
電話口の女性は困惑した様子で、”はあ、Bクリニックですが…”と返事をしてくれた。申し訳なさで内心ペコペコ頭を下げながら、なんとか今日受診と検査ができないだろうかとお願いをした。

私が医療従事者であることは特に伝えなかったが、本当にありがたいことに受診は可能ですと言われ、午後5時にクリニックに来るように指示された。電話が繋がったのは午前10時ごろだったので、実に7時間待ちである。それでも検査ができることがありがたくて、午後5時に必ず伺いますと伝えた。

娘は幸い非常に元気で、熱はあるものの、私が繰り返し繋がりもしない電話を掛け続けているあいだも近くでダンスをしたり塗り絵をしたりして陽気に遊んでいた。
普段から元気いっぱいの娘なので、正直あまり体調については心配していなかった。いつもうるさすぎるのでもう少し落ち着いて欲しいと思っていたくらいで、熱を出して大人しくなるくらいがちょうど良いや…と思っていた。

が、昼を過ぎた頃から、娘の元気が明らかになくなってきた。

いつもは大喜びで食べるフルーツヨーグルトも口をつけようとしない。遊んでいてもすぐにぐったりしてしまって、ソファの上で横になってうとうとしている。おやつやジュースをあげても、いつもはパクパク自分の手で食べるのに、今日は”たべさせて〜”と甘えてきて、手ずから与えてもすぐに”もういらない”と言う。

仮にCOVID-19が陽性であったとしても、これらは軽症に値する症状である。全身状態が良く、多少なりとも食べられていて、水分も摂れていればあまり心配することはない。

そんなことは分かっている。

常に元気いっぱいな娘に、”頼むからもう少し静かに大人しくしてほしい…”と思っていた医療従事者の私ですら、かなり不安になった。
大丈夫なのかしら?予約は午後5時だけれど、早めに診てもらった方が良いかしら…。

しかし、所詮は軽症ということは骨身に染みて理解していたので、黙って午後5時を待った。時間になったのでBクリニックを受診し、抗原検査を受け、喉の所見も見てもらって、下った診断は”RSでしょう”とのことだった。

確かに昼頃から咳と鼻水の症状が強くなり、通っている園でも複数のRS疑いが出ていた。結果としてCOVID-19抗原検査も陰性で、解熱剤をもらって無事帰ることができた。

RSウイルスに限らず、手足口病、アデノウイルス、溶連菌、そしてCOVID-19の流行のせいで小児科医療が混沌としているというのは噂には聞いていたが、実際受診する側の立場になってみると、本当に電話すら繋がらないんだ…と唖然としてしまった。

子供が発熱するとCOVID-19の検査をするまでは親も濃厚接触者となる可能性があり、出勤が危ぶまれるという実情がある。慢性的な人手不足の医療現場でも、これは大きな問題となっている。
今日の東京の感染者数はとうとう3万人を超えてしまった。人流を制限するか、COVID -19の扱いを変えるのか、何らかの対策をとらない限りは医療現場が逼迫し続けると思うのだが、今のところ東京都からも政府からも通達はなく、不安は高まるばかりである。

Big Love…