ザーザーゆで卵タイマー

コウスケ

という名前の友達がいる。

初めて会った時の記憶はもうない。
気がつけば数少ない僕の友人であり
歴とした幼馴染だ。

今回お話するのは、小学校低学年
たしか2〜3年生の頃の彼と僕の話。

その頃の僕といえば
この世の終わりかと思うほどの大声を出して走り回り
ボール遊びやコマ、けん玉に全神経を集中させ
ツツジの蜜を吸いながら校舎を徘徊していたのだが
それに対して彼は本や漫画を読みふけり、常にクールだった。

むかしっから
本当に口が立つやつで
子供のくせに、謎の落ち着きを持って意見をいう男。

ちょっと揉めようものなら
圧倒的な言葉の引き出しと正論で負かされた。
子供心に、その大人っぽい態度に腹が立ち、よく喧嘩もした。

小児喘息で吸入器を常備している事すら当時は大人に見えた。
いま考えるとなんのこっちゃ、だが
小学校低学年の男子の思考なんて、そんなもんだ。

そして
重要なのはここからなのだが

彼はメガネをかけていた。

当時メガネをかけている子なんていなかったからとても珍しかったし、目立っていたし、
それによってよくいじられていた。
僕もいじり倒していた。

そんなこともあり、彼は学年内で
「メガネキャラ」として定着していた。
「メガネ」というシンプルイズベスト過ぎる
あだ名と共に。

そんなガキンチョ時代のよく晴れたある朝
彼はとても嬉しそうな顔で僕に言った。

"今日新しいメガネを買ってもらうんだ"

"へー、そう。どんな?"

"形状記憶のヤツだよ"

"なーにそれ"

形状記憶合金 形状記憶合金
(けいじょうきおくごうきん、英: Shape memory alloy, SMA)は、ある温度(変態点)以下で変形しても、その温度以上に加熱すると、元の形状に回復する性質を持った合金で、この性質を形状記憶効果(SME)という。
wikipediaより


簡単いえば
折り曲げたりしても形が元に戻るという事。
今なら誰でも知っていると思うが
いま考えれば当時の最新技術だったと思う。

この、形状記憶合金で出来たフレームのメガネを買ってもらえる事になった、という話だった。

そして彼は


"だからさあ、いまかけてるこのメガネ、もう捨てるから、好きにしていいんだ。ぶっ壊しちゃう?"


と言ったのだ。

「心躍る」
とはまさにあの時みたいな事をいうのだろう。

話を聞いてすぐ
彼を中心に、僕を含め何人かで足早に中庭へ向かった。

"本当にいいの?"

彼に何度も聞いた。

"いいよいいよ!"

彼は何度も言った。

小学校低学年の男子たちは輪になり
なにかの儀式の様に興奮していた。

そして
誰がなんのキッカケでやったかは覚えてないが
さっきまで彼の視力を補っていたメガネを、
ためらう事なくコンクリートの地面に擦りつけたのだ。

"ギャリギャリギャリ"

ほんの一瞬で
ゆで卵タイマーの様に分厚いレンズの表面が
ザーザーになった。


"ギャー!!!やべー!!!!"

全員でバカみたいにウケた。

"ちょっと、コウスケかけてかけて!"

"どう?''

''ザーザーでやべーー!!!!!!"

''ギャハハハハハ!!!!!"

最高に笑えた。

ある事に気がつくまでは。





''あれ、でもさ、メガネ買うのって今日の夜でしょ?今日の授業どーすんの?"







''え、そうじゃん忘れてたどうしよう"







まさか、だが本人含め
居合わせた全員がそこをすっかり忘れていたのだ。

まだ見ぬ

「新しいメガネ」

の存在に気を取られすぎて
今日という1日を、すっかり見落としていた。

本来なら
今日という1日が役割を果たす最後の日だった筈のメガネは、メガネ自身が思っていたよりも早く、ご主人様を含めたバカガキ数人の手によって、ザーザーにされてしまった。




時すでに遅し


コウスケはその日1日を
前が全く見えないザーザーのレンズで過ごした。
僕の人生で初めて感じた「哀愁」は彼の背中からだった。



月日は流れ
幸運な事に、お互い自分の好きな事が仕事になった。
誰もが望むが、誰でもそうなれるわけでは決してない。
とても幸せな事だ。

彼は未だに僕らの活動をひっそりと見てくれていて(OKAMOTO'Sの他のメンバーとも、もうかなり長い付き合いになる)
連絡や感想をくれる。

そんな中、僕がメガネの広告をやっていた時期に彼から突然連絡がきたことがある。

そう、気がつけば僕もすっかりメガネをかけるようになっていた。
ザーザーの日を境に、というと大袈裟だが
当時1.5 1.5だった僕の視力はみるみるうちに下がり、中学の終わりくらいにはすっかりメガネキャラだった。


"あの広告見たよ"

''あーありがとう、なんかね、まさかって感じだよね"

"んーていうか、散々メガネをバカにしてたお前がメガネの広告だなんて、俺は認めないし、ホントふざけんなバーカって感じ"


あの頃と全く変わらない
実に淡々とした口調で彼は言い放ち
一方的に電話は切られたのだった。

そんな彼が最近新たに情熱を注いでいる事があるらしく、やんわりと動向を追っている。
相変わらず喘息クソメガネな事に変わりはないのだが
長い付き合いの中で、今の彼が1番輝いていると思う。

彼の新たな情熱の矛先とは、ラップ。
コース という名前で「オタラップ」なるものの中心を担っているのだそう。

http://basement-times.com/akiba-cipher/


あの頃とある意味なにも変わらないスタンスで
新しい舞台の上で輝いている友人を見るのは実に楽しいし、誇らしい。

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