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2回目の体外受精で感情をなくす

前回の投稿から1ヶ月も空いてしまいました。

それは2回目の採卵からも同じくらいの月日が経ったということです。

この間私はどうしていたかというと、妊娠に関する感情を「無」にし、日々を過ごしていました。

変わらず毎日仕事に行き、淡々と生活する…


結論からいうと、2回目の採卵もまた、何も凍結保存できずにあっけなく終了してしまいました。


今回のことは開かずの箱に閉じ込めて記憶から消したいレベルなのですが、報われないこともすべてが私の不妊治療でございます。記事にして供養したいと思います。南無。


天国から地獄へ

採卵日当日には7つ+αの卵子が採れたと知らされました。
受精確認はそれから3日後のことです。


“7つも採れたら、それはもう、少なくとも1つか2つは胚盤胞にできるだろう”

“これで採卵はもう終わりで、私の治療もやっと次の段階(子宮筋腫手術)へ進められるだろう”

“長かった、やっとか”


と妙な解放感も混じえた天にも昇る心地で受精確認までの数日間を過ごしていました。三日天下ならぬ三日天国です。


受精確認日当日、診察室に入り、澄んでない空気に気にも止めず、まずエコーで術後の卵巣を診察してもらいました。ここでもまだ何一つ疑っていませんでした。


少し緊張しながら担当医からの回答を待つと…

やはりどこか悩ましく、不思議な間(ま)があります。


「採れた成熟卵7つのうち5つは通常の体外受精で受精しました。」


それを聞いて舞い上がった直後、衝撃の一言を聞きます。


「発育がなんか変 なんです(原文ママ)」


この時点から思考停止しました。

つづきを聞きながらも流れるほどの涙は出ず、眼球に薄い膜を張るのみでした。


努力が足りない? もはや気力はない

正常な受精卵は2のn乗で卵割するところ、結果用紙を見ると私の受精卵5つはそれぞれ


1(細胞期胚、以下略)

5〜6?

7?

9?


で卵割をストップ(させたのかな?)。

どうやら初期胚(受精後1〜3日目)の時点で異常卵割していたようです。

担当医からは培養継続の中止を勧められ、否応なしに応じました。

以前クリニックの体外受精セミナーを受講した際に、初期胚から桑実胚(受精後4日以降)になるこの境目に高いハードルがあると言っていたなと、あとで冷静になってから思い出しました。


体の中に鉛が入ったかのようなずーんとした重みで、目から光が消え、顔も死んでいたでしょう。いや、全身から生気が消滅しだしました。


正直、前回の比ではないくらいに「無」になりました。


1つも胚を凍結保存できない未来をまったく予想してなかったんです。



3万円以上の治療費を毎回全額自費で支払いました。

クリニックに行けばお腹か肩に注射し、仕事から帰宅すれば自己注射でお腹に注射し、高頻度で身体のどこかしらには針を刺していました。

急に決まった診察日に合わせてその都度急に仕事を休みました、職場仲間に申し訳なさを感じながら。

今回は刺激量を増やしたので、採卵前日には卵巣が張っていて体調も優れませんでした。


こんなに、こんなに頑張ったのに…



“もうすべてがいやだ”



この一文に尽きます。病まない不妊治療どこいった。



担当医に受精卵の発育不良の原因を尋ねると、


・そもそも卵子の質が良くない

・採る卵子の数を多くねらって育てると質が下がる

という可能性を示唆されました。


夫の精子のことは一度も言われない。やはり私…


前回採卵時から体重を4kg落とし、糖尿病ではないのに糖尿病薬ものみ、各種サプリを毎食後摂って…

え、まだ足りない? もっと痩せろってこと?


現状では右の卵巣からしか採卵できないので、少ない数をねらうとは、すなわち結果的に胚盤胞到達率が下がるということです。


1、2個の卵子の伸びしろに賭けらるほど肝は据わっていません。


担当医からは3回目の採卵を提案されましたが、もはやまたこの重作業を繰り返す気力は残されていませんでした。燃え尽きてしまった私のやる気。


だからと言って、ここで立ち止まるのはイヤだ…



えぇぇぇい!!!

だったらもう左の卵巣付近の子宮筋腫も含めて、先に全部子宮筋腫を取ってしまえばよかろう!!!!!

そうしたら左の卵巣からも採れるだろうが?!?! あ?!



今でこそオーラのみで邪魔者を消せそうな勢いがありますが、このような勇んだ気力は当時はもちろんなく、消え入る声で「先に子宮筋腫を取るのはどうですか」と先生に進言しました。

なんやかんやの危惧(内容覚えてない)はされましたが、そうなる可能性は低いということで、胚盤胞を凍結保存してから行うはずの子宮筋腫手術を先にやってしまうことになりました。


自暴自棄になって、我に返る

もう生活のすべてがいやになった私はまず夫に積極的にぶつかっていきました。
言葉という飛び道具によってです。


「仕事を続けながら不妊治療をするのはもう無理」

「子どもがほしいなら仕事をやめるから」

「仕事をつづけてほしいなら子どもは諦めて」


夫は何を言われても合気道の手練れの如く、右から左へ受け流します。

冷静になった今では、破滅欲が強すぎるこの頃の自分に本人も心配になります。


あんなに病まない不妊治療をしようと、ここnoteでもあーだこーだ言っていましたが、力もお金も注ぎ過ぎないようにしていたのに、実際まだ過ぎている状態ではないのに、「のに」です。


うまくいっていれば病まないんですよ、不妊治療は。


かける労力に関係なく、踏み込んでしまったら最後、常に「破滅神」が里山から降りてくる可能性があるのです(山属性かな)。


煉獄突入の受精確認から、決めたことがあります。


「よし、借金しない程度に貯金を使い果たして自分を甘やかそう」


破滅神を肩に携えた私はまず、夕食を毎食外食することにしました。
(※我が家は夫のご飯を用意しない家庭です)


結局、それを1週間ほどつづけたうちに徐々に正気に戻ってきました。ブランド品を買いあさったりしなくて本当によかった。
仕事もやっぱり辞められるわけがないと我に返り、つつがなく勤労しています。


そしてクリニックから紹介状をもらい、地元で有名な産院で妊婦に囲まれて子宮筋腫の手術をすることが決まりました。


振り返ると、AIHから数えるともう不妊治療クリニックに通ってから1年半が経ちます。なのにまだスタートすらしてないような気さえします。



いや、私はマイナスすぎるスタートから助走しつづけているんですね。


走ったり、休んだりしながら、人生をもうちょっと眺めることにしました。

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