ボクラ ヒマワリ【♂1♀1少年1】

◆タイトル…ボクラ ヒマワリ
※作:浅沼諒空

◇粗筋
大輪のヒマワリが咲き誇る、片田舎の一軒家。ずっと待っていた少女。やっと訪れた少年。そんな二人が過ごした夏の日の甘酸っぱくてほろ苦いひと時を切り取った、ぼーいみーつがーるなはーとふるすとーりーです。本当です信じてください。

◆登場人物…3人(♂1♀1少年1)
少年…年齢は10〜16歳程度を想定。都会から父親とともにとある田舎を訪れた。
少女…少年より数歳年上。
語り…少年の数年〜数十年後。
父親…作中に台詞無し。多分クズ。

◆上演時間…約25~30分



◇以下本編

―――開幕―――

少年「( モノローグ)地上に舞い降りた一羽の小鳥を」

少女「( モノローグ)見つめていたのは―――」

【長く長く続く車道を走る自動車。運転するのは中年の男、助手席には少年】

語り「真っ先に思い出すのはムラッ気の激しいエアコンと、雑音交じりのカーオーディオ」

少年「……ねえ、お父さん。あとどのくらいで着く?もう少しかかる?」

【少年が話しかけた相手…父親は隣で無言のまま運転を続ける】

少年「(返事が無いので、独り言のように)……お尻痛くなってきちゃった。高速道路とか山の中とかってずっとおんなじような景色だし、これだと今どこにいるのか分からなくなっちゃうね」

語り「あれからもうどのくらいの月日が過ぎたのだろう。あの夏の日、僕と最低限の荷物を乗せて、父は逃げるようにオンボロ車を走らせていた」
語り「……今にして思えば、実際に何かから逃げ回っていたのかも知れない。そんな、根無し草の影をいつも纏っているような人だった」

語り「長時間のドライブは子供にはひどく退屈で、暇つぶしに本を読んでいたら酔ってしまい、気付いた父にものすごく叱られた。」

【二人を乗せた車が、とある民家の前に停車する】

少年「あ、着いたの?……へえ、今日からここに泊るんだ……もう降りていい?」

【勇んで車から降りた少年の目の前に広がる風景】

少年「うわぁ・……!ヒマワリが……いっぱい咲いてる……すごい……学校で育ててるのなんかより、ずっと多いや……!」

少女「―――えへへっ、どう?キレイでしょ!君も、ヒマワリ好き?」

少年「えっ?」

語り「車を止めた庭先で僕等を出迎えたのは、咲き誇る大輪のヒマワリと」

少女「いらっしゃい!はじめまして。きてくれてありがとう!会いたかったよ。」

少年「う、うん・・・・・・」

語り「それよりもずっと眩しくて華やかな、満面の笑顔を僕らに向けて花開かせた一人の少女だった」

語り「そこは、父がたまに連絡を取っているという親戚の家だそうだ。しばらくここに……この少女も暮らす家に厄介になると父は言った」
語り「僕と歳が近いのは彼女だけだから居る間は面倒を見てもらえ、と付け加えて」

少女「ねっ、何か心配な事無い?あったらおねーさんに聞いてね。何でもぜーんぶ答えちゃうよ!」

少年「えっ……と……」

少女「ね、君、今いくつ?」

語り「彼女は見た目通り、僕よりもいくつか年上だった。にしては少し子供っぽく感じられたのは、あまりに明るすぎたからだろうか」

少女「あれ?大人しいね。ここ遠いから車に酔っちゃった?」

少年「ち、違う……」

少女「?」

少年「お、おねーさんがグイグイ来るから……」

少女「あー!ごめんね、ウザかった?なんか嬉しくってはしゃいじゃって。嫌だったら言ってね、気をつけるね」

少年「べ、別に嫌な訳じゃ……」

少女「ほんと?よかった!それじゃ早速いこっか!」

少年「え、ええっ!?そ、その前に荷物……!」

少女「そんなのあと、あとー!」

少年「うわぁっ!?ちょ、ちょっと待って!」

【少女は少年の手を取って走り出していく】
【母屋から少し離れた並木道を歩く二人】

少年「えっと……」

少女「んっ?なになに?何か気になった?」

少年「……ヒマワリ、好きなの?」

少女「えっ?」

少年「さっきの、庭にあった奴、凄かったから」

少女「うん。最初に植えたのはおばあちゃんらしいんだけどね、もう死んじゃったけど。園芸好きの人だったみたいでね、物心ついた頃から毎年咲いてるのを見てたら、自然と好きになっちゃった。」

少年「ふうん……」

少女「君はどう?」

少年「あんなに一杯咲いてると圧倒されるっていうか……でも、別に嫌いじゃないよ」

少女「―――そっか、……よかった。そう言ってもらえると、嬉しいな。もう少し町に近いとこには綺麗な蓮の花がいっぱい咲く公園があるんだけどね。でももう時期を過ぎちゃったから」

語り「花が、好きな子だったのかな。それとも彼女にはあの時の僕が、よほど花を好きそうに見えたのだろうか」

少年「うちの父さん、前にもここに来てたの?」

少女「んー……うん、そう、何回か。君の事も聞いてたよ」

少年「へえ」

少女「だからね、ずっと会ってみたかったの。ここ田舎だから、歳が近い子もそんなにいないし」

少年「そっか……」

少女「可愛い子かな、カッコいい子かな、面白い子かな、仲良しになれるかなーって、ここに来てくれるって聞いてからずっと想像してたの」

少年「ぶっ!」

少女「だからね。私今日はすごく嬉しい。うふふ」

少年「んんん……」

少女「こっちの話は、そっちのお家じゃ全然してなかったみたいね」

少年「うん。何も聞かされてこなかったんだ。明日出るから仕度しろ、って、そんな感じ」

少女「ふーん。そっか。お家でもいつもそんな感じなの?」

少年「そうだね……父さん、家でも殆ど口を利かないし。何考えてるのか全然わかんないし」

少女「わはー、それはちょっとよくないなー。時代遅れの頑固親父って感じね」

少年「本当だよ……生れてからずっと一緒だからそんなものかなって、もう慣れっこだけど」

少女「(念を押すように)……君は、本当にここの話は今まで一度も聞いた事無いの?」

少年「うん。一度も無かった」

少女「……それはそうだよね」

少年「?」

少女「ううん!じゃあ君にとっては何もかもが新鮮そのものな訳だねっ!」

少年「う?うん?そ、そうともいう???」

少女「そっかー!じゃあもっと穴場スポットを色々用意しとかないとだね!」

少年「そ、そんなに張り切らなくていいよ……。」

少女「去年うちに来た時はねー。父親と息子と二人で、毎日苦労かけててすまないって思ってるーって、言ってたよ」

少年「えええええ……」

少女「なにその顔」

少年「父さんがそんなこと言うんだ・・・・・・って」

少女「あれっ、意外?」

少年「意外どころか正直信じらんない。別の人の話でもしてるのかなって」

少女「あはは!ひっどいんだー。だめだよ。お父さんなんだから、そんな事言っちゃ」

少年「だってさぁ……」

少女「そうだよぉ……お父さん、なんだから……」

少年「?……へんな、の」

語り「彼女は約束どおり、色々な事を教えてくれた。覚束無い年下の男の子に、気を遣ってくれていた……のだろうと思う」

語り「僕は人見知りする暇も無くあちこちを案内され、引っ張りまわされて。不意の風にふわふわ、くるくる振り回されてく麦わら帽子にでもなったみたいで」

少年「( モノローグ)明日は何が待っているのかと思う隙さえ、無い程に」

語り「―――あれは、僕がここに着いてから一週間ほど経った頃か。近くの川辺で水遊びに連れて行ってもらった時の事だった。」

【SE 川のせせらぎ系。水音ぱしゃぱしゃ】

少年「うわははっ、つめたーっ!」

少女「もぉー、はしゃぎ過ぎて怪我したりしないでよー?」

少年「うええ、服が張り付いてなんか気持ち悪いや」

少女「着たままで川の中に潜るんだもの、そうなるに決まってるよー」

少年「上だけ脱いじゃおうっと。ちょっと待ってね」

少女「いいなー男の子は。そういう時に気楽で」

少年「えへへ」

【少年がシャツを脱ぎ、上半身があらわになる】

少女「あれっ?ねえ、それって……。」

少年「?それって、何?」

少女「……んとね、あのね、ヒルがくっついてる」

少年「ええーっ!?うそ、うそ!?ちょっと、やだ!こわい!と、とって!すぐとって!!」

少女「わかった~。ちょっと、ちょーっと待っててね~」

少年「お、おねがい~」

少女「ま~って~て~ね~……。」

少年「ま、まだなの~?」

少女「……」

少年「ど、どうしたの……?」

少女「ごめん、嘘なの」

少年「えっ?」

少女「ヒルなんか付いてないよ」

少年「……ええええええええ!?」

少女「あはははは、ごめんね!」

少年「んもー!」

少女「ごめんね、もうしないから。怒らないで?」

少年「……別に、怒って、ないよ」

少女「気になったのはね、ここ」

少年「うひゃっ」

語り「そういうと彼女は、僕の左わき腹を指でそっとつついた。そこには、少し大きめの痣がある」

少女「……君のこの痣、ヒマワリみたいな形してる」

少年「うん。これね、父さんとお揃いなんだ。生まれつきでさ。他にはまだ見たことないんだ」

少女「そうなんだ」

少年「だから僕、ほんとは」

少女「?」

少年「ヒマワリ、好きだよ。特別なんだって気がして」

少女「……そうなんだ」

語り「僕がそう言うと、彼女は眼を細めて瞳の奥でそっと笑った」

少女「……いいね、そういうの」

少年「うん」

【川遊びを切り上げて帰る二人】

語り「ひとしきり遊んで疲れきって帰ると、縁側で二人並んでスイカを食べた。遊び通しで汗をたくさんかいてた所為だろう、この世のどの食べ物よりもずっとずっと美味しかった」
語り「隣に座る彼女は肩がくっつきそうなくらいに近くて、僕よりも夢中になって、美味しそうにスイカを頬張っていた」

少女「うふふ」

少年「どうしたの?」

少女「夏って、こんなに楽しかったんだ。わたし知らなかった」

少年「……うん。僕も」

語り「そのしぐさも表情も、年下のはずの僕よりやっぱりずっとあどけなく映って」

少年「( モノローグ)ずっと……本当はずっと胸がドキドキして、もう弾けそうになりながら」

語り「……隣にいるあいだじゅう、僕はその横顔を盗み見ていた」

語り「来てから何日経ってからだろうか。太陽が眠りについた頃、僕は入浴中。毎日続く夏の暑さに絞り出された汗を洗い流してご満悦だった」

少年「~♪ (鼻歌を歌いながら頭なり体なり洗っている)」

少女「ねーねーねー、ちょっといいかなー?」

少年「!?ど、どうしたの?」

少女「今日ね、家の手伝いが多くて、私がお風呂入る順番ズレちゃったの」

少年「そ、そうなんだ。お疲れ様……で、どうしたの?」

少女「うん。それでね、もう夜も遅くて時間無いから、一緒にお風呂入っちゃいなさいって」

少年「!?!?!?」

少女「開けてもいいかな」

少年「だ、ダメ!すぐ出る!僕すぐ出るから!!」

語り「風呂場から文字通り飛び出した僕は、既に服を脱ぎ終えていた彼女の横を大急ぎで通り過ぎる。だからそれは、実際には1 秒にも満たないくらいの短い間だった筈だが」

少年「えっ……?」

語り「彼女の肌に、僕と父のそれと酷似したアザが、二人とほぼ同じ場所に……左のわき腹に色濃く焼き付いていた」

少年「( モノローグ)何かの……見間違いかな……?でもあんな目立つものそうそう無いような気も……する……」

語り「その夜、僕は父に、彼女にもあったあのアザの事を— — — 聞くのが怖くて、何も知らない振りをした」

少年「( モノローグ)みなかった、ふりを、しないと」

語り「そう心に誓った。だから―――」

【その日の夜更け。庭からはウシガエルの鳴き声。少年は用を足しに廊下を歩いている】

少年「……まったく、トイレが離れにあるってのが田舎の大きい家の不便なところかもね……思ってたよりキレイだからそこまで嫌じゃないけど……あれっ?」
少年「父さんの部屋に……誰かいる……?こんな遅くになにしてるのかな……?」

語り「だから。その日の真夜中。偶然、偶然耳に飛び込んできた物音と衣擦れの音にも」

少年「……?……!?……!……!?!?」

語り「べったりと纏わり付いてくるような、甘ったるく媚びて湿ったオンナの声にも」

語り「父の部屋から、何故それらが聞こえてきたのかについても」

少女「……?」

少年「!?」

【父の部屋の障子がわずかに開いて、あの少女が顔を少し覗かせる。しばし外の様子を伺い、やがて】

少女「(部屋に居る人物に話しかけている)……何でも、無いです。誰かいたのかなって思ったんですけど。多分蛙か何かが跳ねてきたのかなって……ごめんなさい」

少年「(生唾を飲み、粋を殺し)あ……ああ……」

語り「―――僕は、何もかも、知らない振りをすることにした。そして翌日」

少年「あっ……」

少女「……おはよっ」

少年「……ッ!」

少女「今日も晴れたね~!この後どこ行こっか」

少年「……あ」

少女「まだ連れてってあげれてなかったけど、裏山にね……」

少年「……あ、あのさ!」

少女「えっ」

少年「ごめん、悪いんだけど、今日はそういう気分じゃ、ないから」

少女「そうなの?具合悪い?」

少年「……気が、変わったんだ」

少女「……」

少年「あ、ううん、その、そう、ちょっと調子よくなくて」

少女「……そっか。無理に誘っちゃってごめんね」

少年「ううん。僕の、方こそ、ごめん」

語り「そうして僕は、少しずつ、彼女とも、そして父とも、距離を置くようになっていった。
語り「外部と隔絶されていた片田舎で、暇だけは有り余っていた期間を、急速に輝きを失ってしまった日々をどう浪費したのか、今となってはもう何も覚えていない」
語り「もう彼女とはほとんど口を利かず、顔もなるたけ合わせないようにしていた。」
語り「あの日はどうだったか………確かその日は父も彼女以外の住人も地域の行事だか会合だかに呼び出されていて、だだっ広い家に僕と彼女二人だけ残されたのだった」

【縁側に一人座り外を眺める少年。蝉が鳴き続け、夏風が風鈴を鳴らしている。そこへスイカを乗せた盆を持つ少女が静かに近づく】

少年「あ…………。」

少女「スイカ、切ってきたの」

少年「…………。」

少女「今日は一緒に食べたいの。…………いいかな」

語り「何故だかは思い出せないが、その時の僕はいいとも嫌だとも即答できなかった。その沈黙を了承と受け取ったのか、少女は僕との間にスイカを載せた皿を置いて座る。そうして僕達はあの日と同じように、母屋の縁側で二人並んでスイカを食べた」

少年「( モノローグ)おんなじスイカのはずなのに……」

語り「やけに苦いような気がして、僕はあまり沢山は食べられず、すぐに手を止めた。彼女といえば何かを恥じるような、堪えるような、そんな顔をして下を向いていた。その表情を盗み見る度に」

少年「( モノローグ)胸の奥が、痛くなる」

語り「二人して、ぼーっと、庭と空とを眺めていた。ややあって、会話を再開したのは。」

少女「………この家の大人にも、あの人にも、絶対聞かれたくないから」

少年「………。」

少女「あなたには、とても汚い振る舞いと映ったかも知れないけど。」

少年「………何の事を、言ってるの。」

少女「私にとっては、アレがあなた達とのつながりを確かめられる、唯一つの方法だったの。」

少年「………やめてよ。わけわかんないよ」

少女「嘘。わかってるよね」

少年「何が」

少女「―――ヒマワリの、形の」

少年「………っ!」

語り「胸の次に、左のわき腹がずきっ、と痛んだような気がした」

少女「アレが君にもあったのを見たとき、ね。何て言ったらいいかわからないんだけど、なんか、すごく………」

少年「………」

少女「すごく………」

少年「………?」

少女「(深いため息)………ごめん、やっぱり、何て言ったらいいか、わかんない」

少年「………父さんがここに来るようになったのって」

少女「………そうだよ、きっと。君が思ってるそれで多分合ってる」

少年「……」

語り「風鈴の音。蝉の鳴き声。沸き立つ入道雲。塗りつぶしたような空の青。ああなんて夏らしい。全てが鮮やかで、眩しくて、空々しくて、嘘くさい」

少女「小さい頃からわかってたの、私はきっとここから離れられない。誰からもここから連れ出してはもらえない。だから」
少女「どんな風に扱われてもいい。真っ当な在り方でなくたっていい。ここの大人たちみたいに誰にも知られず、生まれた意味もなく枯れていくくらいなら。」
少女「誰かのために咲く花に、ずっとなりたかったの―――」

【言い淀む沈黙。夏の音が二人の間を満たす】

少女「……ねえ」

少年「えっ……?」

語り「不意に、そして明確にこちらに投げかけられた声。釣られて横を振り向く。先程まで俯いていたはずの彼女もこちらを向いていて。瞳が」

少年「( モノローグ)ひとみが。ぼくを。つかまえに。きた。」

語り「気付けば彼女の手が蛇のように伸びて、僕の手に触れていた」
語り「視線を上に戻せば、まるで彫刻みたいに冷たくて、老婆みたいに先が無い。そんな感情の見えない眼差しが、呆けた僕の面を映し込んでいる。」

少年「( モノローグ)なんで。そんなめで。ぼくを。みるの。」

語り「不意に庭先のひまわりが風に揺れて、いっとき縁側へと向く。それがまるで僕を責めているように見えた。責められるべきなのは誰か、どっちか。太陽を模して能天気に咲くひまわりの黄色が、腹立たしくて」

少年「!!」

【少女を置き去りにして駆け出す少年】

少女「!?どこ行くの!?待って!」

語り「気付けば僕は、裸足のまま走り出していた。あと数日もすればピークを終えるであろうヒマワリ畑に向かって」

少女「ねえ!待って!」

少年「はあ……はあ……はあ……はあ……はあ……はあ……!」

語り「僕は追われてるかのように走った。息を切らし足を止めた僕の視界を埋め尽くすのはヒマワリ。来たばかりの時は雄雄しく僕を出迎えたヒマワリ」
語り「もう何本かはくったりと萎れて倒れていた。秋の気配に蝕まれて黒々と枯れた重い頭を、力なくごろりと地に伏せて―――」

少年「ああ……あああ……あああああああ!!!ああああああああああああ!!!!!」

語り「僕は泣きじゃくりながら、手当たり次第に引き抜いて、叩きつけ、蹴っ飛ばし、踏みつけて、唾を吐きつけた」

【泣きじゃくり膝を折る少年。蝉の声と風の音が惨状の跡に降り注ぐ】

語り「そして間も無く夏が終わり、彼女との距離は遠ざかったまま、僕と父がここを去る日がやって来た」

【少年は、見送りにきている家の住人達にお礼を言っている。父親は先に車に乗りエンジンをかけている】

少年「……お世話になりました……さよなら……」

少女「待って!!」

【どこにいたのか、少女が走って少年のもとへ向かってくる】

少年「あ……。」

少女「……ごめんね、あ、あの。あのね。」

少年「それ……。」

少女「君に、ね、もらって、欲しくて。」

語り「彼女の手にあったのは、まだ瑞々しさが残る、一輪の―――」

少年「……ひま、わ、り」

少女「こんなの、大きくて、かさばるから、車の中、狭くなっちゃうし、こんなの邪魔かなって、思ったんだけど。」

少年「……ッッ」

語り「それを、僕は」

少女「……ダメ、かな」

語り「僕は」

少年「僕は……」

語り「僕は―――」

語り「(過去を思い返す作業に疲弊したように深いため息)」

語り「……最後に瞼の裏に浮かび上がるのは、顔をくしゃくしゃにして泣きながら、千切れんばかりに手を振っていた彼女の姿。僕ら三人を結ぶ捩れた縁の証を、共に宿して生れてきた女( ひと) 。」

語り「―――彼女を見返した時の僕は、どんな顔をしていたのだろうか」

『あの子を泣かせてしまったのに、どんな顔でお別れできたのだろうか』

【少女を置き去りにして、車が走り出す】

語り「乗り付けた車が砂埃と排気と排音を撒き散らして、あの年の夏は、僕らの夏は、そんな風に終わった」

少女「晩夏の空に舞い飛ぶ小鳥を」

語り「見送っていたのは」

少年「―――倒れた、向日葵」



―――終幕


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