夢 -1014
33
2階へ上がると私の部屋には女たちがいて、振り返って私を見たきり口をつぐむ。机の上には小さなプラスチックのトレイがあって、歯形の残るかじりかけのイチゴが、つやつやと山になっている。
私の部屋で、と思ったが声にならず、部屋を出て階段を下りる。2階部分の手すりは片側が外れかけていて、体重をかければそのまま落ちてしまうだろうと思う。私はふと、子どもの顔をした従兄弟が落っこちていくところを想像する。
下にいる家族へ手すりを直すよう叫ぶが、背後からの女の相槌にかき消されてしまう。
家を出よう/もうやめよう、とふたつのことが同時に浮かんで、軽い鞄と薄い上着を手に取る。外は今も冷えていく一方だが、本当に寒くなる前には母が迎えに来るだろうと私は当然に考える。
玄関の戸を開ける遠くで、従兄弟の短い叫び声と大きな音がする。
外へ出るとあとからずらずら子どもたちがついてくる。
みんなここからいなくなろうとしているのだが、列の一番後ろに知った顔がある。
もうずっと会っていない友人の妹で、まだ小学生のまま長い髪でまじめな顔をしている。
私は後ろめたく恥ずかしくなる。友人に申し訳なくて、この子を連れて帰るよう言わなくてはと思うが、夢の中の私は友人と疎遠になった理由をはっきり知っていて、たとえどこかに友人を見つけても合わせる顔がない。
34
どのくらい詰めたらいい、と尋ねると、母はちょっと黙ってから、引っ越すんだから、と言う。
よく考えないままダンボール箱ひとつにどんどん物を投げ入れて、なんとなくいっぱいになったところで封をして持ち上げる。ほとんどが隙間になってしまって驚くほど軽いそれを、部屋の隅に移動させて、家を出た。
よく晴れていて、かすかな風は潮の香りがする。
浜辺へ降りるわずか数段の階段は、ペンキが剥げて、当然のように砂の色に馴染んでいる。
向こうから知り合いが数人やってきて、少し話をした。
家へ帰るとすごい人だった。玄関から廊下から、ずらりと並んであれこれ指さしては話している。
あれは要る、これは要らない、という声があちらこちらでする。流されるまま進むとさっき荷造りしていた部屋に出て、壁一面の本棚をたくさんの人が熱心に検分している。本棚には脈絡ない背表紙の本が並んでいて、どれも目にしたことさえないのにとても親しい感じがする。
これはあそこの店で見たな、という声が上がり、これはもらおう、という声が聞こえる。
そうしてあっという間に本棚は骨ばかりになって、また人にもまれながら私は廊下へ出る。
廊下に出るとすっかり様変わりして、家の壁という壁は見覚えのない色をしている。
母が来て、壁紙はみんな取られてしまった、元はこんな壁紙が貼ってあったなんてねえ、と言う。
私は自分の軽いダンボール箱と、なくなってしまったものたちのことを考えている。
35
青菜を洗っている。
振り返ると食卓の周りには知らない子どもが何人もいて、みんな食事が出てくるのを待っている。
おなかへった、と知らない子どもがすぐそばへ来て言うので、洗ったばかりの青菜を生のまま口へ入れてやる。子どもは訳も分からないまま、苦くて変な味がする、と言いながら口をもごもご動かしている。それを吐き出させて、母のような顔をして、お水にさらしておこうね、などと言うと子どもは嬉しそうにする。
私宛てに手紙があった、とまた他の子どもが大きな封筒を手にやって来る。
中には手のひらにおさまるほどの、小さな二つ折りのカードがあって、開くとどこかの景色が水彩で描かれている。そこに、お誕生日おめでとう、と目立つように印刷されていて、その下には控えめな字で、〇〇さん、と私の名前があった。署名の代わりに笑った顔のようなマークがついている。
誕生日まであとひとつきもある、と私は思うが、同時に、送ってきたのは だと考えて幸せな気持ちになる。夢の中では、友人はいつか行きたいと言っていた遠い街に住んでいて、私は、この絵はきっとそこの景色だと思う。
食卓へ皿を運ぶと、既に席について熱心に何か書いている少女がいて、私はその、子どもの頃のままの友人に、受け取ったばかりのカードの話をする。
これは からだと思う、今どうしているか
知ってる、と私が尋ねると、友人はなんだか変な顔をして、知らない、と言う。
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