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立ち止まる時間はない

今日もバイトだ。

忙しなく準備をして、真夏の世界へと飛び出す。

汗を拭きながら、向かう。

電柱に貼ってある紙を横目に。




●●:お疲れ様です。

チーフ:お、●●くんお疲れ。今日は18時まで…で合ってるね?

●●:はい。今日、特に気にする事項ありますか?

チーフ:夏祭りで今日は、多分18時までがピークで18時越えるとお客さん減ると思うから、それぐらいかな。

●●:分かりました。

チーフ:じゃあ、今日もよろしく。




制服を着て、備品の洗浄や売り場の整理。

いつも通りの作業をこなす。

でも今日はなんだか、気が乗らない。

どこか変な感じがしてしまう。

売り場に出れば、浴衣を着ている人がちらほら。

お盆だから…君は帰ってきてたりしないかな。




チーフ:●●くん〜、ちょっと良いかな。

●●:あ、はい!すぐ向かいます!




自分が自分じゃ無いみたいだ。







ーーー







特に何事もなく、気づけば17時55分。

予想通りで少しずつ、客足が遠のいていく。

来るお客さんもおそらく今から向かうであろう人ばかり。

シフト上の、最後の売り場確認をする。




●●:…よし、大丈夫かな。




ホッとして、外を見た時。

見覚えのあるような姿が見えた…気がした。

期待と憐れさが混じり、急に疲れが押し寄せてきた。

ふとため息を吐く。




●●:チーフ、お先に失礼します。お疲れ様でした。

チーフ:お疲れ様、今日もありがとうね。




着替えて、外へ出る。

目の前の道も多くの人が行き交っていて、なんだか暑苦しい。

会場とは反対方向へ歩みはじめた。

イヤホンでもつけようかとした時。




村井:やっぱ〇〇じゃん〜!

●●:え、村井…?

村井:久しぶり、元気にしてた?

●●:何でいるの…?

村井:今日、帰ってきたんだ。ちょっとお盆とずれちゃったけど。

●●:連絡ぐらいしてくれれば良かったのに。

村井:サプライズ…みたいな?

●●:何それ笑。




幼馴染の帰還はあまりにも突然で。

ちょっと面を食らっている自分がいる。

さっきまで憐んでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。




村井:ねぇ、夏祭り行かない?

●●:…夏祭りね。

村井:せっかく、久しぶりなんだし!ほら、行こっ?

●●:あ、ちょっと!早いって!




嬉しいようで、あの日の後悔が襲ってくるような。

でも不思議と足は勝手に向かっていく。




村井:最近どう?楽しい?

●●:まぁまぁかな。というか、村井はどうなのよ。

村井:ん〜?

●●:だって去年は帰ってこなかったし、なかなか連絡もくれないじゃん。

村井:元気にはしてるよ。忙しくって。でも、楽しいよ?

●●:なら、良かった。

村井:あ、かき氷食べたい!

●●:じゃあ、食べよ。




久しぶりだ。

やっぱり君のテンポ感に飲まれてしまう。

それが…足りてなかったんだ。

大人になって、大学に行って、幼馴染と離れて。

周りと上手くやれていないわけではないが。

付き合いの長さと"大人"であることが邪魔する。

結局、ずっと求めていたのはこれだった。




村井:冷たくて、美味しい〜。〇〇も食べる?

●●:いや、メロンは大丈夫。

村井:美味しいのに〜…っていうか、〇〇はいっつもブルーハワイなんだね。

●●:え、そうかな。

村井:前に一緒に来た時も、ブルーハワイだったよ?

●●:…そっか。




高3の夏。

確かにあの日もかき氷を食べていた。

伝えたかった想い。

でも先に君から告げられたのは、ここから離れること。

何も言えなかった。

でも、君が覚えてくれている事実に微かに胸が高鳴った。







ーーー







夏祭りは佳境に入り、気づけば広場での踊りも終わっていた。




●●:そろそろ、帰ろっか。

村井:そうだね、もうちょっと居たいけど…。




何となく複雑な帰り道。

その空間を切り開いたのは君だった。




村井:でも、久しぶりに会えて良かったな〜。

●●:…。

村井:何だかんだ友達はいるけどさ…〇〇とは違うよね。

●●:…そう?

村井:一緒にいる時間も違うし。嬉しい。

●●:俺も嬉しいよ。

村井:へへ、良かった。




あの恋の続き。

もう一度見て良いのだろうか。

幼馴染に期待をして良いのだろうか。





●●:…そういえば、いつまでいるの?

村井:えっと、明後日ぐらいまでかな。特に決めてないよ?




…あの時と、同じ後悔を繰り返したくはない。

尾を引く後悔を残したくない。

また、数日後には離れてしまう。

時間は無情にも進んでいく。

だから、立ち止まってる時間なんてないんだ。




●●:…優、明日も会えない?




振り絞った言葉を君の瞳に訴えかけた。

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