サードプレイスを作る

 今回は、「私のやりたいこと」について書きます。

 私のやりたいことはづばり、「自分自身を自由に表現できるようなサードプレイスを作ること」です。誰一人取り残さないや、多様性、平等などと叫ばれている現代社会。しょうがい・性別・国籍・見た目など、様々な要因から差別をせずに接することが大切にされています。しかし、人々は「差別をしないようにする」ということにばかり意識を向けているように思います。人と関わるときに、「差別をしないようにする」と考えてしまうのでは、本当の平等とはいえないのではないでしょうか。

 また、私達の日常はパターン化されたものになっていると思います。家と学校、家と職場の往復といったように、同じ場所で同じようなことをほぼ毎日行うのが日常生活となっている人が多いと思います。私もそんな一人でした。しかしそれでは、自分の視野を狭めてしまうだけではなく、人との出会いも減ってしまうと思います。学校や職場で出会う人にもいろいろな人がいると思いますが、もっといろいろな人と出会える場所。そんなものを私は作りたいです。

なぜ居場所を作りたいのか

 話は私が小学生だったころまでさかのぼります。視覚障害のある私ですが、当時は一般的な公立小学校に通っていました。学校内では、特別支援学級で補助をしていただきながら、生活や勉強をしていました。しかし補助をしていただく中で、一般の学級にいるときも先生がずっといっしょにいるということで、はっきりいうと友達が全くできませんでした。そして高学年になると、「自分でコミュニケーションを取れるようにしないといけないですね」といった風に、突然先生が離れることになりました。入学して4年、それまで友達がいなかった私は蚊帳の外状態でした。そして小学生というのは、良い意味でも悪い意味でも純粋な年頃。文字や周りが見えにくく、周囲と違うものを使っているなどした私は、気味悪がられて孤立状態でした。このように、自分に居場所がないと感じることで、自信を無くし、パターンかされた日々をただおくるだけの人形のようになっていました。居場所がないというのは、こんなにもつまらなくて悲しいものなのだと感じました。

 しかし今私は、自分の居場所を見つけることができています。お互いを認め会える仲間がいる。それだけでどれだけ世界が明るく見えるか。ふと考えるのです。もし今も自分の居場所を見つけられていなかったら、一体どうなっていたのだろうかと。おそらくこんなノートは書いていないし、目標や行動しようという気持ちも一切なかったでしょう。それほど私にとって居場所というものは重要で、掛け替えのないものになっています。

 学校や家に居場所がない、自分を一人の人として認めてくれる人がいない。そんな風に感じている人たちに、「今目の前にあるものだけが全てではない、世界にはもっといろんな人がいる」ことをと伝えたい。そして、いろいろな人達が集うような居場所。私はそれを作りたい。

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