彼は読み続けた、目を瞑ってブランショを…

Olá !
最近、ブラジル人のガールフレンド(?)が出来たのでポルトガル語で挨拶してみました。が、特に関係はありません。笑

さて、本日は、ある先達について、お話ししてみたいと思います。タイトルをみて、すでにどなたのことかわかった方はいらっしゃいますでしょうか? 長年、東京大学の駒場キャンパスでフランス語を教えられた湯浅博雄先生について、本日はお話しさせていただきたいと思います。

といっても、わたし自身、別に指導学生でもありませんし、所属の学科も違ったので、個人的な付き合いがあるわけでは全くありません。先生の方でわたしのことを認識されているということもまずないと思います。その点だけは、まず、はっきりとさせておきたいと思います。

その上で、しかし、2000年代の末に東大に入り、フランス語を学び、ひろくフランス現代思想のようなものに関心をもっていたわたしのような学生にとっては、やはり、無視のできない先生という感じでした。ちょっと独特の風貌で、一件怖そうにもみえる。でも、とても優しい笑顔を浮かべる先生だったと思います。ネイティヴ教員のクーショ先生のサポートなんかもされていましたね。授業ではデリダの『死を与える』なんかを扱っていたかと思います――学部生レベルの授業で。苦笑

さて、わたしが直接授業を受ける機会を持ったのは2011年度の秋学期でした。47年生まれの先生は12年の3月に退職されましたので、文字通り、最後のセミネールだったわけです。扱われたのはモーリス・ブランショの「文学と死への権利」という大変むつかしい論文。そもそも、学部生の授業ですからフランス語が読めるひともあまりいないわけです。わたしと(その後、トマス・アクィナスの研究に進んだ)H君と、交互に訳読を担当するような感じでしたか。

で、コジェーヴ由来のヘーゲルがどうだとか、ブランショにおけるマラルメの影響とか、その論文で出てくるサドがどうとか、そこから転じて三島の戯曲「サド侯爵夫人」がどうとか、フレイザーのあの著作(『金枝篇』)のタイトルって何だったっけ、とか色々な話がでたと思います――ちょっと脇道にそれますが、湯浅先生はランボーの専門家でバタイユやブランショの訳者なんですよね。また、その授業で「三島のことはあまりにもよくわかり過ぎる」というようなことも仰っていました。とすると、ブランショと三島に否定的だった蓮實重彦先生とは対極に位置するような部分があったのかもしれません。ひと世代違いますしね。蓮實先生は60年代のフランスに、湯浅先生は70年代のフランスに留学しているはずです(湯浅先生にはクリステヴァ論もありますね)。直接的にそのおふたりの関係がどうだったかは知りませんが、この対比は存外大事なのではないか? わたしが大学に入った2000年代末は日本でもブランショ研究がまた少し盛り上がっているような雰囲気があって、その後の蓮實ブーム(『ボヴァリー夫人論』など)とはちょっとちがう雰囲気があった気がします。(まあ、あくまで主観的な印象ですが。そもそも、学部生だったので右も左も分かりませんでしたし。)

で、セミネールの話に戻ります。1月か2月でしょうか。ちょうど卒論を出すころだったと思います。通常の授業でしたから湯浅先生のセミネールも最終回を迎えるわけです。それまでは「誰か訳しますか?」みたいな振りがあったのですが、その日は無いわけです。手を挙げる雰囲気でもない。で、「それでは私が」みたいな感じで湯浅先生が訳読をはじめるわけです。そして、授業時間を過ぎてもそれが終わらない。笑 で、「授業時間過ぎてます」なんて言える雰囲気でもないのです。

そのとき先生が何を思っていたかは、もちろん、わかりませんが、テクストを読むのを止めたくなかったのかな、と素朴に思いますね。

実際には、延長は15分とか20分くらいだったと思います。でも、佐々木中さん風に言えば、「永遠」とでもいえるような何かを感じさせられた気もいたします。学生は皆知っていますが、湯浅先生は目を瞑りながら思考をめぐらし、お話しなさるんです。あの時間、先生は何を見ておられたのか――何を見ておられなかったのか?

まあ、はたから見れば、旧世代に属するひとりの「東大名誉教授」でしかないんでしょうけどね。でも、ぎりぎり名誉教授になる直前にテクストをともにできたのは、やはり、貴重なことだったなと思います。「テクストを読むのを止めたくない」なんてひと、いまどきあまりいませんよ。苦笑

最後になりますが、先生の訳業のなかでわたしが一番好きなのはバタイユの『宗教の理論』です。バタイユも湯浅先生も、「文学と哲学」などという制度上の二項対立などはるかに凌駕してしまう深遠な知性だったわけですが、まあ、いまの日本にはそうした思考を保持する知的余裕など当然ないのかもしれませんね…。

ということで、本日は以上にいたします。

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