割れないように 『三島喜美代:未来への記憶』展をみて

暑いですね。休みなのでちょっと外に出ましたが、午後はうちで冷房入れてぐだぐだ昼寝をしていました。

先週、コロックから数えると半年ほど抱えていた「宿題」、フィリップ・ベックさんの論集への原稿が終わり、肩の荷が降りたというか、「呪印」から解放されたというか…(苦笑)。

でも、原稿を送ると、その日のうちにGérard Tessierさんという方からフランス語の直しが入った原稿が返ってきて、少し感慨深かったです。

感慨深かった理由はふたつあって、Tessierさんというのは、いわばベック研究を立ち上げたようなひとで、わたしがよく引く自伝『ベック、非人称人物』というのも、Tessierさんとの対談形式で書かれた書物なんですね。わたしからすれば、「レジェンド」のひとりなのです!

ふたつ目の理由は、Tessierさんというのは、研究者というよりは図書館の司書なんですね。いってみれば「事務方」のひとで、今回も全寄稿者の文章の読み直しをおこなったり、あと、きちんとしたプロの手で「文献表」の作成などもしてくれるので、それで一応「ベック研究」というのが成り立っているのかなと思います。詩人(芸術家)と事務方との慎ましやかな共同作業に、少し感激したのでした。

昨日もたまたま、坂口恭平さんの本をパラパラめくっていて、これも芸術家にとっての「事務」を扱うものでとても面白いんですが、さて、「芸術とは何か?」なんて、また考えてしまいそうになりますーー。

今日は久しぶりに展覧会に行ってきました。練馬区立図書館というところでやっている『三島喜美代:未来への記憶』という企画展です(https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=202401281706414617)。

三島喜美代さん(1932〜)というのは戦後の美術家で、一言でいうと「ゴミ」をテーマにアート作品を作った方なんですね。もともとは、「コラージュ」という手法を用いて、英字新聞なんかを切り貼りして絵画作品を作っていたようなんですが、だんだん、新聞自体が前景に出てくる。で、ここが面白く、また他人にはわかりづらいポイントなんですが、「この新聞が割れたら面白いんじゃないか」ということで、今度は「捨てられた新聞の束」とか、「少年漫画雑誌」とかを陶器でオブジェ化していくんです。最終的には、巨大インスタレーションになって、新聞が印字された煉瓦が部屋中に敷き詰められた《20世紀の記憶》(1984〜2013年)という作品にいたり、「化石化した情報」なんていうテーマが見出されたりする。

1960年代以降の情報社会への危機感みたいなところから、日々消費され捨てられる「活字」をあえて〈割れやすい〉陶器で表現することで、記憶というもののフラジャイルな性格を物質的に表現する試みなのではないかと思います。

結構、ベタに面白いです(笑)。陶器化された少年漫画とかも存外大きくて、会場もいかにも現代アートの展示会みたいな様相なんですね。「記憶」というのは最近わたし自身の一貫したテーマのひとつでもあるんですが、「そうきたか。戦後の日本美術にはこんなひとがいたか!」と。

ゴミを芸術作品化する、という発想は割と思いつきやすいと思うんですね。先ほど触れた「コラージュ」というのも、20世紀前半のヨーロッパの美術史ですでに出てくるものです。でも、それを今度、陶器にしてしまうということで、「何で?」となるわけですね(笑)。で、それが面白い。

凡庸な解答を与えてしまえば、〈割れやすい〉かたちにするということで、人々の「注意」を促すちからが生まれるわけですね。ゴミ置き場に捨てられている新聞紙や雑誌の束のように日常的なものには、普段みな目を向けません。でも、それが〈割れやすい・オブジェ〉として呈示されることで、そこに焦点が生まれる。例えば写真家がフォーカスを合わせるのとは別の仕方で、〈割れやすい〉という性質の力学で視線を集め、そのオブジェ自体を作品化させてしまうわけです。

同じ情報化でも、いまのように文字がスクリーンの上に浮かべられる時代の問題意識とはまた別物かと思いますけど、情報の氾濫に対し、〈割れやすい・オブジェ〉で対抗するというのは変わらぬ戦略になりそうな気もいたします。スマホなども、画面が「割れて」初めて、モノとして存在し始めるような感じがありますし…!

しかし、冒頭の話と絡めますと、この〈割れやすい・オブジェ〉を管理しなければならない事務方の仕事は大変だろうな、と思いますね(苦笑)。学芸員の方々にも感謝です。

〈かたち〉を支えるための実務的=事務的「注意力」を創出するあえての「割れやすさ」。クリエイティブの戦略のひとつになるかもしれません。

Have a nice attention!
栗脇

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