漫画喫茶でベルトを無くした。

漫画喫茶でベルトを無くした。
もう2度と取り戻すことは出来ない。

特別良いベルトじゃないけど、中学生の頃から10年以上巻いていたベルトだし、それなりに愛着を持っていた。

そんなに大事なベルトなら、漫画喫茶まで取りに戻ればいいじゃないかと言う人もいるだろうが、簡単に言わないでほしい。

順を追って説明する。



僕はその日、"推しの子"の最新話を読むために漫画喫茶に入った。

わざわざ発売日に雑誌で読まないでも、1週間待てばアプリで無料で読める漫画だが、バイトの給料が出たばかりだったし、ちょっとだけ贅沢をしたい気分だった。

フロントで部屋を選ぶよう促され、迷わず"鍵付き完全個室"を指す。仕切りで分けられただけの通常の部屋に比べて割高だけど、今日は贅沢をしに来ているのだから無駄にケチったりしない。

店員からカードキーを受け取ると、雑誌コーナーに向かう。残念なことに、"推しの子"が載っているヤングジャンプは誰かが持ち出していた。仕方ない、"推しの子"は来週アプリで読めばいい。

表紙のグラドルが目を引き、ヤングアニマルを手に取る。中学生の頃、"ふたりエッチ"目当てで買っていた雑誌だ。何か縁も感じる。

僕はヤングアニマルを持って"鍵付き完全個室"に入った。マット敷きの床に横たわってグラビアのページを捲り、漫画を読み進めると、単行本で買っている"3月のライオン"の続きが載っていた。"ふたりエッチ"もあの頃のままだ。由良さんに子供がいたけど。ほかにも読み応えのある連載が揃っていて大満足だった。

ヤングアニマルを読み終えると、腹が減ってきたので飯を頼むことにした。人気No. 1と書いてある"トルコライス"を頼んだ。チャーハンとトンカツ、ナポリタンがワンプレートに積まれた料理だ。海原雄山が見たら泡を吹いて倒れそうだが、ちょうどそんなものが食べたい気分だった。

部屋に"トルコライス"が届くと、ものの10分で完食する。腹が膨れるとウエストがきつくなってきて僕はベルトを外す。腹が緩むと満腹感と同時に訪れる眠気に誘われ、マット敷きの床に仰向けになって、寝た。



3時間ほど眠っていたらしい。
目を覚ますと、チェックアウトの3分前だった。"鍵付き完全個室"に"トルコライス"まで付けて、もう結構高くついているだろうに、延長料金まで取られてしまうとなると給料日後とはいえ流石に厳しい。

空の食器や、ヤングアニマルはそのままに、カードキーだけを持ってフロントに向かうと、急いでチェックアウトを済ませた。会計は3000円弱だった。ちょうど良い贅沢だったんじゃないだろうか。

漫画喫茶を後にして帰路に着く。

30分ほど歩き、自宅の向かいにあるコンビニの喫煙所で一服をする。そこで、ジーンズの裾を引きずっていることに気がついた。腰を見てみればベルトを巻いていない。そういえば昼寝をする前、腹が苦しくて外したんだった。すぐさま、漫画喫茶に電話を掛ける。



『お電話ありがとうございます。快活クラブでございます』

女性の店員が出た。

「すみません、さっきお店出た時忘れ物しちゃって…」

『かしこまりました。では、ご利用のお部屋と落としたお品物を仰ってください』

「えー…鍵付きの個室で…アッ」
僕は言葉を詰まらせる。

言えない!言えないぞ!?

ここで、"鍵付き完全個室"にベルトを忘れたと伝えたとする。女性店員は僕が使った部屋を見渡しベルトを拾っておいてくれるだろう。しかし、部屋にはヤングアニマルがそのまま放置してある。"ふたりエッチ"が載っている雑誌だ。

女性店員はこう思うだろう。
「この男は、わざわざ"鍵付き完全個室"に入って、ヤングアニマルを読みながらベルトを外したのか。」

誤解だ。僕はベルトを外しただけだ。
"トルコライス"を食べて腹が苦しくなったからだ、他に理由はない。

でも?だから?言うのか?女性店員に対して、僕は腹が膨れてベルトを外しただけだと。

状況証拠が揃ってしまっている。
ベルトを外しただけなのに。

言えない。

もはや「ベルトを忘れました」と言うことは、「個室に鍵をかけて"ふたりエッチ"を読みながらズボンを脱ぎました」と言うことと同義なのだ。

ベルトを外しただけなのに。
そもそも"推しの子"を読みに来ただけなのに。

部屋に置き去りにしたベルトと過ごした、10年以上の記憶が駆け巡る。いつだってあのベルトを巻いていた。特別良いものじゃないけど、愛着のあるベルトだ。たった一言伝えるだけで取り戻せる。言え、言うんだ。

「アッ…スミマセン…見つかったので大丈夫です…」



漫画喫茶でベルトを無くした。
もう2度と取り戻すことは出来ない。

来週からもヤングアニマルは購読しようと思う。

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